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2016年12月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

カトリック幟町教会の隣りは15階建てのマンション建設で毎日大きな音がしています。
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そして幟町教会も11月下旬から補修工事が始まり、毎日境内地の通路規制が変わり、迷路のようでしたが、今はもう慣れて、本格的な補修工事を始める手筈が進みつつあり、不便な毎日にも皆が適応しつつあります。
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これから2年半の補修工事ですから、団体の巡礼者の受け入れも、修学旅行の学生達の訪問も制限され、パイプオルガンの定期演奏会もしばらくお休み。今は、どうしても工事の邪魔になる高木の撤去が進められています。その為に、ブルーシートで現場が覆われているので、まだ中がどのように変わっているのか分かりません。

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馬小屋も例年の場所よりかなり表通り寄りに移動し、クリスマスには大勢の人々を迎えるのですが、足場が悪いので、事故が無いように皆で祈るのみです。イエスの到来を待っています。
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国の重要文化財ですので、非常に丁寧にすべてが進められているので安心です。私はこの教会で18歳の時に受洗し、その後広島を離れて、32年ぶりに広島に住み始め、50歳から幟町教会で働かせて頂き、今24年目に入り、先日74歳になりました。あっという間に月日が経ち、此度の大々的な補修工事を傍で目撃させていただけることは、私にとって大きな恵みです。

向かいの幟町小学校で5~6年生の頃、聖堂建築現場を興味深々に眺めていた記憶がはっきりと残っています。当時市内のどこからでも見えるような高い塔でしたから誇らしくも思っていました。

その頃の記憶が甦ると、そんな当時から今日まで凛と建っている大聖堂は、本当に丁寧にすべての分野で手をかけて建設されたのだろうとつくづく感じます。戦後の大変な時だったのに…、と改めて、関係者の方々への感謝が込上げてきます。

同時に良い物を後輩たちに残すことは大切だなあと改めて気付かされます。ラサール神父様が戴かれたインスピレーションが、信仰共同体で丁寧に形にされて、今日まで精神が受け継がれているのですから、本当に神様の偉大なご計画の実現ですね。

補修工事をきっかけに、世界平和の為に祈り、平和のメッセージを世界に発信する使命をいただいているこの大聖堂に派遣されている皆が、自分達の使命の自覚を新たにする時だと感じています。

こんな一見工事現場でのクリスマスミサですが、又たくさんの市民の方々が来られるでしょう。例年とは違う格別な幼子イエスの到来と、今こそ終末に向かって主の再来を祈り求めつつ、今を生きることが出来ますように!


12月8日にシスター山本紀久代の請願生活25年・銀祝を迎えました。それで、11日の日曜日に、広島在住の援助修道会会員が集まって、家族的な祝いをしました。

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集まることが出来た会員は15名。4名は来られなくて祈りでの参加になりました。下関のイエズス会の林神父様司式のミサの後、楠木修道院の食堂で、お茶をしました。

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シスター山本が最年少。管区の若い会員は、養成や使徒職の都合で関東方面に固まっていて、広島は高齢会員が結集しています。広島では、私は、シスター山本の次に若いのですから笑っちゃいますね。皆様、援助修道会の召し出しの為にもお祈りください。会として世界的にも後継者が少ないので、あちこちの使徒職も閉鎖に追い込まれつつあります。会として、共同体の再構築と称して世界規模で検討を進めています。

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私は今年の誕生日にメダカを卓上で飼うことを思い付きました。以前、沢山飼ったことがありますが、出張が多くて続けられなくなって止め、もう5~6年。今回は3匹だけ。これなら長期不在の時は、友人に預けられます。生け花も良いですが、やはり動物が良いですね。

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クリスマス準備に向かって、救い主の到来を願いつつ、身近な環境整備で祈りが易しくなるように、また祈る為に世界の現状把握も大切ですね。

毎日聞こえる沖縄の人々の叫び、岩国や呉の人々の叫びにも心を寄せて、今なお苦しい生活を続けている福島や熊本の人々の事も、また韓国の人々の叫び、ロシアの人々の叫び等、世界中の人々の呻き悲鳴を聞き、救い主を送ってくださる御父に祈りを届けましょう。

回勅「ラウダト・シ」を毎週数人の人々と輪読をしていますが、教皇様の広く深い考察に深い感銘を覚え、地球家族の精神で、全被造物の呻きと悲鳴を共にして生きることが出来るように切に願いたいと思います。全てが新たになりますように!

皆様、どんな中に居ても主において喜ぶクリスマスをお迎えください!主は私達と共におられます!

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2016年11月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

今月は留守が多く、パソコンの前に座れませんでした。そんな日にある日素晴らしい空を見て感動! 雲の芸術は本当にきれいですね。

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教会の庭でフラダンスを踊る女性達も一段ときれいで、太陽が包んでくれるようで心和みました。

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11月の自然は本当にきれいですね。今日「王たるキリストの祝日」の庭の光景です。
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今朝(22日)の上幟町公園は銀杏の葉が散り絨毯が敷かれ秋が終わりと告げていて思わずはっと立ち止まりました。
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2016年10月のシスターコーナー [カトリック教会]

9月はあっという間に過ぎました。

9月19日の司教叙階式は本当に感動的でした。待っていたアレキシオ白浜満司教様の叙階式は、ご自身で自己紹介された通りに「雨男」に相応しくお式の直前から大雨になりました。聖堂は一杯で、隣のエリザベト音楽大学のコンサートホールの「セシリアホール」と地下聖堂にモニターを置いてミサに与りました。聖堂の信者席の前三分の一は、一杯で祭壇に上がれない司祭達で埋まりました。
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そしてその後ろから来賓席が始まりました。300名の司祭がその前におられ、本当に盛大でした。教区の信徒達はモニターで外のテントや、地下聖堂、コンサートホールで聖堂内の進行を見ることが出来、福田神父様の解説もとても分かり易く、聖堂内で何が行われているかを手に取るように知ることが出来、多くの信徒が感動の涙を流していました。私も受付をしていましたので、外のモニ ターを見ながら写真も撮りました。
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司教様の謙虚なご挨拶に皆が心打たれました。新しい教区が始まると感じたと語りながら雨の中をテントに移動して来られた信徒達は爽やかなお顔で、知らない人々とも自然に感想を語り合い、用意された食事をいただきました。遠い所から来られた方々はバスが待っているので・・・と大急ぎで帰路に向かわれました。「チョット何かつまんで行ってください」と声をかけると、「いやもう胸が一杯でミサに来れただけで充分です。満たされました」と応答しながら、みな喜んで帰られました。その言葉を受け止めつつ、私の心も喜びで一杯になりました。
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摂理的に、青年大会が前日あり、前夜祭で若者のパワーを感じました。当日も青年達がTシャツを準備し販売しました。そのTシャツには白浜司教様の紋章が描かれていて、ミサの終わりに、出席しておられた全国の司教様方に背中を向けて紋章を披露して、嬉しそうでした。

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青年達は末永く白浜司教様のご指導を!とお願いし、白浜司教様も末永くよろしくと信徒皆にお願いになり、平和の使徒となる教区の宣教ヴィジョンを皆で再確認して心を寄せた時でした。

司教叙階式が終わって直ぐ、私は東京へ。私どもの会のイギリス管区の統治の責任者3人が来日し、国際交流の時を持ちました。両方の管区の現状を報告しながら、これからもどの様に協力し合えるかを探す前向きにこの困難を善用する道を探しています。管区の再構築と言いましょうか、
日本はまだ80人弱の会員がいます。でもその半分以上が高齢者です。召命は本当にボチボチです。今はまだほとんんどの会員が働いています。しかし、施設は皆手放しました。後継者がいないし、現代のニードに応えるための機動性を犠牲に出来ません。

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ヨーロッパの諸管区も同じ。日本以上に高齢化は深刻です。だから動ける会員が若い会員のいる管区と手を組んで、どのように国際共同体を編成出来るか?可能性を探求しています。難民や移民の為に働く国際共同体がどこの国でも必要になっています。

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一緒に祈り、一緒に歌い、踊り、そして互いをもっと知り合うことで色々なアイデアが生まれてきます。神様がどこに導かれるのか、兎に角ついて行くのみです。

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2016年9月のシスターコーナー [カトリック教会]

やっと朝晩涼しくなりまた。そして9月には、毎年あちらこちらで台風による大雨や地震が被害をもたらしますが、今年はこれまでに無いほど甚大で、人間が引き起こす戦争やその為の兵器もますます残酷性を増しているので、自然界も地形の変化をもたらす程の威力を発揮して、私達人間に大いなるチャレンジをしているように感じます。

そんな自然界の前では、私達は本当に無力ですね。すべてを創造された偉大な神様の御業の前で、自然界を通して、神様の存在を垣間見て、賛美し、礼拝し、神こそ歴史の主ですと宣言する叫びがこみ上げてきます。

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人間の知恵は素晴らしい反面、人間性を失い、残虐性を増す人間の悪魔性。人間の成長はどこに向かっているのでしょうか?

そしてそんな中で明るいニュースは、広島カープの野球選手として同じ目的に向かって団結し、自己主張せず、返って自己犠牲によって他者との協力体制を発揮することで、美しいチームプレイによる勝利を勝ち取った姿が皆の心に感動をもたらしました。

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選手達は本当に苦しい訓練を重ねて来たのと、選手の間で互いを必要としているチームに成長したからこそ、今回の優勝が実現したのだと皆が感じました。若い選手に希望を託せる先輩の存在は大きな支えになったのだと感じました。互いに相手に花を持たせる程の謙虚な選手達から多くの事を、ファン達は応援しながら学びましたね。若い選手の多いカープの精神的支柱となっていた、
黒田選手に「苦しまずして栄光なし」と言わせている。彼が生きている精神性に皆が感動したのでしょう。

教会共同体も本当に福音の為に自分を犠牲にして、他者を生かし、自分の出来る事を全力を尽くして共同体の成長の為に各自の持ち場で使命を果たしていくことの意味に通じていると思います。
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私は8月末から9月初めに中軽井沢の宣教クララ会の祈りの家で黙想しました。援助修道会の姉妹達と一緒に祈る時でした。17名の会員と他の修道会のシスター達が2名参加。指導司祭と合計20名でした。

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不思議なことに庭の木々の緑の色がその日の祈りに応じて変化して見えたので、その都度祈りの後で、携帯で写真を取っておいたのですが、今見ると携帯の写真には違いが現れていないのです。受け取る私の心に響くことの違いだったからでしょう。

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9月に入って幟町教会では多忙になってきました。11日の日曜日には、今年も敬老の日を皆で祝いました。長い間教会の実働部隊で働いてくださった先輩たちが、今は80歳代。本当に楽しそうに語り合い、歌い、ゲームに興じて、傍に居る私達も素晴らしいひと時を過ごしました。信仰共同体での体験を皆が感謝しておられました。

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いよいよ来週の月曜日19日には、広島教区長・白濱満司教様の誕生です。皆が待っていた日を迎えます。司教様ご自身で作詞された歌に曲がつけられ聖歌隊が初公開するようです。練習している聖歌隊員が感動しておられるので,私達は一緒に歌える日を楽しみに待っています。

9月が良い月になりますように!夏の疲れが出ないように互いに気を付け、神様の傑作として造られている「自分」を大切にしましょう!
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2016年8月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

全国的な暑さの中で皆がフーフー言いながらも生きている。屋内に入ればあちこちで冷房が利いていて、暑さを吹き飛ばす。体は冷やしたり熱したりされて適応能力が磨かれるようですね。赤ちゃんまでも何とか必死で適応しているのだから、体内に埋め込まれている適応能力は凄いものだと感心する。まさに身近に神様の傑作を目撃出来るのです。

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8月に入ると平和行事を目指して沢山の人々が広島の街を訪れる。毎年海外からの観光客と言うより巡礼者が増えている。また、里帰りで子ども連れで平和行事に参加する人々も多い。平素会えない他教区の人々に会える喜びもあるので、8月は暑さも忘れてしまう。

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8月5日にはお昼過ぎから平和行事が世界平和記念聖堂で開催されました。今年はまず、若者たちの体験の分かち合いから、「戦後100年に向けて、若者はどのように平和を実現していくか」と言うテーマで若者の主張が皆の心を引きつけた。若者がしっかりと未来に向かって歩んでいる姿に接して、私も大いに希望を感じました。そしてこのまま良い旅を続けてくださいと念じ、神様の導きを一人一人の為に祈りました。

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私はそんな中で、久しぶりにある人々と語り合う時間が必要となり、プログラムに多くは参加出来なかった。しかし、嬉しいニュースや近況の分かち合いも貴重なひと時だった。皆が真剣に生き、小さな子どもたちも灼熱の広島に連れて来られて、赤ちゃんの時から平和学習に付き合っているのだから、将来必ず実りがもたらされることだろう。

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夜7時から平和祈願ミサにはヴァチカン大使と全国から来られた司教様達と司祭達、そして、聖公会の3人の司教様も参加して平和を真剣に祈りました。現代こそこの祈りが必要で、世界中に今の不穏な空気が蔓延しているので、皆がうつ状態になっている世界に希望の光を乞い願いました。

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翌朝6日の早朝に、毎年平和公園で諸宗教による被爆者の供養の為の集いが開催されますが、今年もこれに参加。その後、市の主催で、平和祈念式典が世界中の大使や来賓と共に、市民が原爆犠牲者の追悼と平和を願う式典が行われた。黙祷で始まった式典では市長の平和宣言や小学生の子ども達の平和の誓いと平和の鐘が鳴り響き、本当に皆が核なき世界への心からの叫びを挙げていると感じました。

夜は、エリザベト音大卒業生が毎年開催してくださる、フォーレのレクエムの素晴らしい演奏を聖堂で聞き、皆で追悼の祈りを捧げました。

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9日の長崎の平和祈願ミサに間に合うように、広島から肥塚神父様を団長に13人が二台の車で駆け付けました。長崎の暑さは猛烈で、広島は暑い所ですが、それよりも猛暑でした。ただ羨ましいのは、浦上天主堂はクーラーがしっかり利いていてとても涼しいでした。ミサの後、被爆のマリア様を先頭に、皆で松明を掲げて平和公園まで祈りの行列をしつつ、ここでも若者達が中心になって、未来に向かって、平和への取り組みを発表。浦上天主堂でのミサでは、30人の韓国からの中学生も参加。若い人々主導のミサは、教会の未来を照らしてくれるようで希望を感じました。

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教会の平和行事を終えてから、広島の巡礼団は、26聖人殉教者の道を車でたどる旅をしました。「26聖人渡船場」では、以前・三篠教会におられた吉田さん夫妻が待って居て、案内をしてくださいました。
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そのあと、現代の問題、原子力発電所を知る為に、玄海エネルギーパークを見学し、伊方原発を直ぐそこに見ながら現代の原発の現状を考える旅でもありました。

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最後は名護屋城博物館を訪問。これは見応えのある資料館でいつかゆっくり訪問したいと思います。日韓問題、日中問題に光を与えてくれる資料が満載。今日の日本に辿り着いた恵みの道程も気付ける旅にもなりました。そして、歴史を正しく知ることの大切さを改めて感じました。

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2016年7月のシスターコーナー [カトリック教会]

7月に入りました。先月の終わりに、大きな出来事があり、今も心に喜びと失った寂しさが一緒になっているように感じます。でも一つ一つ見るとどちらも喜びであり、スッキリとしていて神様の偉大な御業を賛美しています。

28日の夜は翠町教会の聖堂で信徒の方々と最後の時を過ごされました。
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6月28日朝7時半頃、7時のミサ後、巡礼にやって来た人に、先方は急いでおられたので簡単に聖堂案内を終えて外に出た時、三末司教様の訃報が飛び込んできました。びっくりしましたが、平素から「いつ天国へ呼ばれるか分からない。いつ死んでも不思議ではない体調だから」と言っておられました。三末司教様は、居てくださるだけで花が咲いているような明るさをもたらしてくださる存在でしたから、直ぐに皆が感じたことは、「本当に寂しくなったね」と互いに涙がこみ上げてきました。後は祈りに入るしかありません。私は静かにしたくて直ぐに帰宅しました。
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5月18日に県病院へお見舞いに行った時の事を思い巡らしました。体調は苦しかったと思います。原因不明の酷い咳がでて、今にも呼吸が止まりそうでした。それでも、明るく、この咳の原因だけ分かれば退院出来るのだけれど・・・と。今まで何度も入退院を繰り返しておられたので、私はお見舞いに滅多に行きませんでした。又退院されると思って。しかし今回は不思議に一緒に行こうと誘ってくださった方に、「はい行きましょう」と応じました。相変わらず、笑いを誘うように楽しくお話しくださり、時々咳込んでおられ、もう帰ろうと思いましたが、大丈夫と言って話し続けられました。お会いしたのはこれが最後になりました。

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三末司教様のユーモアは本当に生来のモノだと感じることしばしば。人工透析を週3回19年も受けられたのに、愚痴どころか、医療者をお驚かせる程のユーモアのある応答をされたようです。ある時、透析中にチアノーゼを起こし、医者と看護師が飛んで来て、「三末さん、大丈夫ですか?どうしましたか?唇が黒くなってますよ」と。司教様は「そう、おかしいですね・・・?私はタコ年
ではないんですがね~」と答え、看護師さんから、「そんな冗談を言っている時じゃないのですよ」と叱られましたと。死の瞬間でもユーモアが飛び出してくるのでしょう。

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私は三末司教様がまだ、教区長時代に、用事がある時に、内線電話をくださるのですが、英語で
かけて来られで直ぐには誰か分からないのです。フィリピン人かな思い、「どちら様ですか?お名前を教えてください」と英語で応答すると、”I am Bishop Misue"とのお返事。慌てて「直ぐに参ります」と言って4階執務室に伺っていました。今頃は、聖ヨハネパウロ2世前教皇様と楽しい語らいの時を過ごしておられることでしょう。

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6月28日は、このニュースだけでなく、夕方からは、フランシスコ教皇様が新しい広島教区長を任命されたと言うニュースが入り、これもびっくり。願っていた事でしたが、別れの悲しみを味わっている間もなく、精神的に急に忙しくなった感じでした。しかも、三末司教様が司祭に叙階されて2か月後に生まれた神父様が任命されたのですから26歳違いです。御葬儀には全国の司教様の最後列に白浜被選司教様も列に加わっておられ、空位は終わったと実感し、神様への感謝がこみ上げてきました。平和行事には間に合わないでしょうが、3か月以内に着座式が行われるのは、確かですから。これで広島教区の聖職者の平均年齢が少し若くなるのは嬉しい事です。

こうして書いている間に気付いたのですが、三末司教様は、お葬式は楽しいものになるように願っておられました。その通りに、皆がもみじ饅頭を聖堂の出口で戴きました。パーテイはありませんでしたが、立ち話で、懐かしい楽しい話が色々飛び出して来て皆が明るい気持ちで祝いのムードが境内にはありました。
 
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その上、白浜被選司教様の顔も境内にあり、私もご挨拶をしながら喜びの雰囲気を感じました。そして、今、御葬儀と次の司教様の任命が届くのが同時と言うのは余り例がないと思います。三末司教様の旅立ちに相応しいですね。最後までおもてなしを生きたお方だと思います。司教様の為にみんなで祈りましょう!「三末司教様が願われていたように、聖ヨハネ・パウロ2世教皇の取次によって、三末司教様を「天国の片隅に」置いてあげてください!と。





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2016年6月のシスターコーナー [カトリック教会]

今、広島の世界平和記念聖堂の境内は美しい緑に覆われています。春に桜でにぎわい、
たくさんの人々が平和の為に祈り、お花見にやってきました。そして今は、修学旅行生の訪問や、
海外からの巡礼者でにぎわっています。緑の繁みは本当に私達の心を癒します。そう思いながら、境内の緑の写真を撮っていると、5月末のオバマ大統領の広島平和公園訪問の時のいくつか心に響いた事が思い出しました。
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オバマ大統領の広島訪問の前夜、私達は毎月第四木曜日の夜(5月は26日でした)の祈りの集いをしていました。最近は10人前後の参加者で広い地下聖堂は少々寂しそうですが、その日も同じように少人数で祈り始めました。そして、嬉しい事に途中から2人、終わり頃に又2人見知らぬ人が参加されました。

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祈りが終わってから分かち合いをした際、初めての参加者に自己紹介をして貰いました。途中からの二人は、東京からと神戸から。終わり頃の二人は、東京から。皆それぞれ単独で、兎に角世界平和の為に祈りたくて、オバマ大統領の追っかけで広島に来たと聞いてビックリポン!神戸からの人は、洗礼は受けていないが、時々平和の為に祈りたくなり、車を走らせて広島へ、そしてここ世界平和記念聖堂で祈り、2時間位過ごしてまた神戸に帰るとか。

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東京からの一人は高齢のカトリック信者ですが、オバマ大統領が広島に来られるので、ひと目会えないか…、会えなくても明日朝早くオバマさんが来られる平和公園で祈ろうと思って新幹線とホテルの予約を取ってやって来たそうです。後の若い二人はオバマ大統領をひと目見たくて…その前に広島で祈る為にどこが良いか探して、ここに辿り着いたとか。キリスト教の事は何も知らないが、たまたま祈りの集いがあることを掲示板を見て知り、地下聖堂に降りて来たのだそうです。

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私達は祈りの集いをしていたので出会えたけれど、誰にも知られないままにそっと祈って帰る人々が、この聖堂を訪れておられるのだとあらためて知り、「神様は生きておられる!」との叫びが心から湧きました。

27日の午前中は平和公園を訪れる人々がたくさんで、警備関係者も報道関係者も少々緊張して会場準備に当っておられるようで、ヘリコプターも度々空に飛んでいました。そして、午後は一切公園内には近づけません。まるで誰も来なかったような写真です。テロを恐れて最高に厳重な警備だったのでしょう。

カトリック新聞で、教皇フランシスコが世界のあちこちを訪問して、民衆ともみくちゃになっておられる写真を見ますが、日本では程遠いですね。

オバマ大統領の所感は、「71年前、雲一つない明るい朝、空から死が落ちてきて、世界は変わった・・・人類が自らを破壊するすべてを手に入れたことを実証した。」と始まりました。私達はテレビの前でどんなメッセージを述べられるのか、固唾を呑んで聞いていました。「なぜわれわれは
この地、広島に来るのか。それほど遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力について考えるためだ。…多くの…犠牲者を追悼する為だ。彼らの魂はわれわれに語りかける。彼らはわれわれに対し、自分の今ある姿と、これからなるであろう姿を見極めるため、心の内に目を向けるよう訴えかける。」

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さらに物質的な進歩や社会の革新が戦争を正当化し世界は今日まで殺戮が続いていることも述べて、「…核を保有している国々は、恐怖の論理から逃れ、核兵器無き世界を追求する勇気をもたなければならない。」等いくつかの内的洞察を述べられ、彼の内面の叫びが聞こえたように思いました。

最後に「世界はここで永遠に変わってしまったが、今日、この都市の子どもたちは平和の中で日々を生きいくだろう。なんと貴重なことだろうか。そのことは守る価値があり、そして、全ての子どもたちに広げる価値がある。それは私たちが選ぶことのできる未来だ。その未来では、広島と長崎は核戦争の夜明けとしてではなく、道徳的な目覚めの始まりとして知られるだろう。」

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今こそ世界は尊厳ある人間の道徳的な選びにより人類の幸せに向かうよう招かれ、新しい人間として生きる必要に気付いている人々もたくさん存在するから明るい未来を感じました。オバマ大統領の残した折り鶴にも感動しました。彼の人間としての小さな連帯の表明は、私達も内省の時を大切に前進出来ますように励まされました。長い道程であっても、夢を持ち続けて!







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2016年5月のシスターコーナー [カトリック教会]

爽やかな5月。マリア様を讃える月にぴったり。日本の四季を改めて感謝しています。

4月に教会の庭の枝垂れ桜が、私たちの心を和ませ、道行く人々を教会の庭に招き、寒い冬を忘れさ
せました。そして、今は緑がとてもきれいで、新しい命を感じさせ、少しずつ毎日自然の営みによって自然界の日々の小さな変化が大きな自然現象の変化を露わにしてくれています。

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4月17日には、豊田尚臣神父様の司祭叙階50周年のお祝いが盛大に行われました。10人兄弟だった
神父様のご兄弟の中から、ご存命のお姉様とお妹様と、亡くなられたお兄様方と姉様方のご家族が
千葉や東京や六甲からも来広されました。

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私は1970年~1978年まで六甲で働いていた頃、小学生、高校生、大学生だった豊田家の皆様と懐かしい再会をしました。神父様の一番上のお兄様家族は当時、神父様のお母上も六甲におられました。当時まだ、私は豊田神父様とお会いしていませんでした。こんな形で懐かしい人達に再会出来感謝でした。

4月のテゼの祈りの集いは、フランス・テゼ共同体からブラザーギランの来広で、午前中はルーテル教会で、夕方は世界平和記念聖堂の地下聖堂で開催され、90人余りの参加者を迎えました。平素のオルガン、ギター、マンドリンの伴奏が一層皆を神様を賛美する歌声に招きました。

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広島教区で待ちに待った助祭・司祭叙階式が岡山教会で行われ、幟町からもバスをチャーターして参列しました。ぺトロ・ロイ助祭はベトナム出身。パウロ・尹司祭はソウル出身。日本語の勉強を初めたくさんの壁を乗り越えられてここまでこられたと察し胸が一杯になりました。広島教区司祭団も益々国際チームに成って嬉しいことですね。召し出しの恵みに感動した叙階式でした。

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その次の週の日曜日は、三末司教様の80歳のお誕生日でした。司教様の傘壽のお祝いが翠町教会で行われ本当に長い間のご苦労にもかかわらず明るい笑顔といつものユーモアで皆の心を和ませてくださいました。司教様がいらっしゃるだけで、光が差し込み、皆が笑顔に誘われます。週3回の透析を15年以上も続けつつも、ここまで来られたのは正に奇跡的で、神様に感謝しました。これからももうしばらく頑張って戴きたいと皆で願っています。

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昨日3日の津和野での乙女峠祭りは、突風と雨の中で祝われました。津和野はいつもお天気が急変しますが、今回は、強風で、何本傘が壊れたか知れません。雨具は皆用意していましたが、合羽だけでは前に進めません。そんな中で、巡礼者達は、静かに祈りへ誘われました。大分教区長・浜口司教様のお説教は、ズバリ津和野の殉教者の信仰の証しに触れ、突風や大雨にも皆が心を奪われることなく素晴らしい感謝の祭儀を捧げることが出来ました。多くの参加者が、「心を洗われ、清々しい気持ちになった」と語り、そのすっきりした顔をもっと鮮明に表すかのように、ミサの直後の少しの間、急にお天気になったのです。

大雨の為に乙女峠の山頂でのピクニックが出来ませんでした。山頂でお弁当を受け取って、下山し、津和野教会の隣の保育園ホールでお弁当を食べました。これもまた、ゆっくり出会いの時が持ててありがたいでした。びしょ濡れの服も、食事中にどんどん乾いて、体調も整い気持ちよくなりました。

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帰る頃には、また強風と大雨でバスに乗る為の集合地・JR津和野駅へ行く道も大変でした。バスの中で、今日の感想を分かち合いましたが、苦労話は一切なく、喜びの証しをした殉教者達から信仰の素晴らしさ、それは本当に上からの恵みだと感謝し、これからの生活の糧にしたいと強く感じたようで、又来年も行きたいと表明する人が多いでした。


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2016年4月のシスターコーナー [カトリック教会]

4月も半分過ぎようとしています。寒かった冬から解放されて、衣類も軽装になり、身軽に動けるようになりました。

3月末にご復活祭を祝った時からどんどん教会の枝垂れ桜が大いに喜びを添えてくれアレルヤの日々を過ごしています。

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四季のある日本では、自然界がクリスマスやご復活を祝う為にとても大きなシンボルを差し出してくれ、ありがたいことです。

幟町教会の枝垂れ桜は、広島市民や旅行者から毎年楽しみにされています。昼時間には近所で働いている人々も弁当を持参して、教会のベンチでお花見。また女性達のお茶のグループも、毛氈が敷かれている桜の下のベンチで恒例行事として来られ、お茶会を開催しておられます。近くの病院からは、患者さん達を車椅子に乗せてお花見に今年も来られました。

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教会が憩いの場に成っているのはうれしい事で、既に老木に成っている枝垂れ桜も力の限り頑張って咲いていますし、たくさんの人々に愛でて貰って誇らしそうです。

4月に入って、私は、六甲から昔私が六甲教会で働いている時に小学生だったマリチャンの訪問を受け、不思議な旧交を温めました。援助修道会の沢山のシスター達に色々な形で関わりがあり、彼女の訪問で、懐かしい思い出を語る機会に高齢会員も大喜び。

六甲教会のオルガニストに成っている彼女はもう一人の若いオルガニストと共にやって来て、幟町教会の2人のオルガニストの案内を受けてパイプオルガンの音色を聞き、オルガンに触れる機会も貰って感激。立派なオルガンであり、大聖堂のオルガンの響きの素晴らしさを褒めていました。丁度教会案内係のボロンテイアとも出会い、カテドラルの創立の目的と精神を聞き、またまた感激。彼女達の反応を見て、私は、宝物と日々過ごしていると改めて感じました。この教会が今日にまで至るよう協力してくださった全ての人に感謝します。本当にありがたい事です。

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彼女達を、ケヤーハウスに住む大洲のシスター達のもとに案内し、この若者達の訪問は、高齢会員を喜ばせました。記憶がまだはっきりしているシスター達が多いので、六甲時代の話で花が咲きました。マリチャンは家が病院なので、家族は忙しく、近所の援助修道会が経営していた児童館に
毎日遊びに来ていました。直ぐ近くに六甲教会もあり、教会では初聖体準備、堅信準備、毎週土曜日の教会学校、子どものミサの為の子どもの聖歌隊など。マリチャンもオルガンを弾いていました。児童館では、午前中は幼児クラブ(幼稚園の内容は変わらない)午後は、図画クラブ、習字クラブ、英語クラブ、図書館、子ども会、ガールスカウト等を活動としてあり、それも毎日何かあるので、子ども達は毎日することがあったのです。今で言う学童保育です。

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私は教会で中高大生の為に週4日働き、週末は、児童厚生員として児童館で働いていました。子ども会には30人位の大学生がリーダーとしてやって来て、大いに議論しながら、教育について、経済について等、子どもの問題に直面しつつ、未来を担う大学生と共に道を探す日々を過ごしました。世間知らずの私は大いにチャレンジを受け、又私も大学生達や高校生達に問題提起をしました。

マリチャンの訪問を受けて色々その当時を思い出しました。出会いは、本当に神様からのプレゼント。大切な学びがあり、出会いの意味も「後で分かる」のだとあらためて思います。

先日、下関労働教育センターの改修工事完成に当り、祝別式に参加しました。下関の海を眺めながら、静かな学びの時を持てるように環境整備完了。これからますますセンターの活動が期待されます。肥塚神父様が、広島教区の管理者として心に響くご挨拶をされました。「このセンターは
広島教区の良心です」と。本当に林神父様のこれまでのお働きで現しているように、誰も排除されない、弱い人こそ大切にされるセンターの精神が良く顕わされた言葉だと思います。

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センターを入ると正面に大理石を彫った十字架があります。初めて見るデザインです。縦も横も握手されている十字架です。センターは、握手で繋ぐ出会いの場になることでしょう。最後にセンターの除幕式らしく垂れ幕が姿を現し、センターの精神を受けて、皆が世界に派遣されました。

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2016年3月のシスターコーナー [カトリック教会]

2月は到頭「逃げて」しまいました。2月11日にフィリピンから帰国したのですが、引っ越し作業に追われてブログの更新が出来ませんでした。

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2月末でマンションの引越しが実現し、感謝で一杯!今ほっとしています。ただ、取り敢えず、引き上げる方のマンションから残留物を移して、引き渡しを完了したので、今ボツボツ運び込まれた残留物の片づけをしています。捨てる物がたくさん!「もう、物は要りません!」と一人で
つぶやきながら・・・。食品も色々買い置きがあり、本当に大きな家ならまだしも、マンションで、しかも近所にはお店がすぐ近くにある町中で「在庫は要らないよ」とつぶやき、どこに上げようか・・・と納戸が無くて保管所に困る今の生活で改めて簡素な生活がいかに快適かを感じ、憧れています。

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1月19日に関空を経って、フィリピン・セブ島へ直行。翌日20日から国際聖体大会(23日~31日)前の神学的な考察の時を過ごす3日間のシンポジュウムが始まりました。出発の日に雪が降っていたので、新幹線は大幅に遅れていました。そこから4時間半でセブ島に到着。30度の暑さ、覚悟していたとは言え、体はビックリ。

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この聖体大会は、今回第51回目で、各大会は、巡礼者達の立ち寄る宿場と言うか道行の各留に当ります。フィリピンで大会が開催されるのは2回目。初回は1937年で79年ぶり。日本では到底実現出来ないだろうと感じるくらい、フィリピンはアジア最大のカトリック人口を抱えている、迫力があり、教会の持つパワーが強く感じられました。シンポと大会の内容についてその内ゆっくり復習をしてまとめて分かち合えたらと願っていますが・・・。

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今は私が今回のフィリピン訪問で感じたことを書きましょう。今回久しぶりにフィリピン訪問が実現したのは、「聖体大会に来ませんか」と、3人のフィリピン人の友人から誘われたことが切っ掛け。次の目的は旧交を温める為。長く訪問していないし、大切な友人達が数名亡くなったし、私も
体調が思わしくなかったので、73歳になったので余りこれからフィリピン訪問を実現出来なくなるだろう。友人達と会えるのも今かもと感じたのです。

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この聖体大会は1881年にフランスのリルで始めて開催され、以後フランス、ベルギー、エルザレム等、かトリック国で開催され、チュニジア、カナダのケベック、アイルランド、アルゼンチン、と広がり、33回目にアジアで初めてマニラで、44回目に韓国のソウルで開催され、51回目に再びフィリピンですが、今回はキリスト教入国の地・セブで開催されました。前回ダブリンで開催された際、教皇ベネデイクト16世が次回は、セブ島での開催を宣言されたようです。

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今回の大会には登録した参加者だけでも15,000人、73か国から。また大会の成功の為のボランテイア5,000人と120台のサービスバスが参加者を会場まで送り迎え。典礼も毎日素晴らしくたくさんの新しい聖歌が生き生きと歌われました。そして、典礼ダンスも入り、本当に神様を賛美し感謝の祭りを祝いました。

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セブ島で10日間を過ごしてから、今回のもう一つの目的は、ルソン島北部のカリンガの山岳民族と平和構築の為に働いているネネットを訪問し、彼女の実家の家族に会う為でした。ネネットは昔、パンダカンのスラムで一緒に住んでくれた社会学者です。一昨年突然休みが一段落したので…と言って広島に来てくれたのです。今回こそ彼女の故郷に連れて行きたいと言ってくださっていたので、この招きに応じました。

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初めて山岳民族を訪問出来て本当に感謝です。マルコス時代は反政府軍の陣地でしたから、普通の人達は山を訪問出来ませんでした。政府軍と反政府軍の両方から命を狙われる危険な所でした。

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今回もっと分かった事はコーリーアキノが政権を取ってから、共にマルコス打倒に協力した反政府軍と新政権は、7部族の山岳民族は、和平を結び、アキノ大統領は、この7部族の自治を認める調印をしています。今なお彼らが平和に暮らせるように色々な援助が必要ですが、これから大統領選挙が実施される中で平和が続きますように!信じられないことですが、マルコス元大統領の息子も娘も政治家としてルソン島北部から立候補しているのです。イメルダ・マルコスも国会議員なのです。本当に不思議な国です。今回北部に行くバスにたっぷり乗ったのですが、「マルコスハイウエイ」はとてもよく整備され、故郷の人々から感謝されているのです。票が集まるはずです。日本と似ていますが・・・?

今回は写真で取り敢えずブログの更新をさせて貰います。至る所に教会があり、スペインの侵略の影響や、イスラムの影響や高山右近が最後の時を過ごしたマニラのパコの教会や、戦後破壊されたマニラに金沢の市民や仏教徒達の支援を受けて再建されたマニラのカテドラルなど、街は観光地のように、洗練された展示が成され、大いに進歩発展していると感じました。

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最後にもちろんレべリサとパンダカンのアライカプワを訪問し懐かしい再会が実現されました。「シスターが私たちの心に植えてくれた種が今育っていると皆が口々に今の活躍の源を話してくださり感無量でした。


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