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2018年11月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

長い間ご無沙汰しました。9月の中頃から急に私の近辺に変化が起こり、9月末の聖書100週間クラスの終了と共に、私は幟町修道院の家の整理は始めました。マンションの3LDKを明け渡すためです。そして同時に、私は一人暮らしを辞めて、サービス付き高齢者住宅(サ高住)である「ケアビレッジおおず」に空室が出来たので入居しないかとの招きを受けて、数日識別し、昨年から色々と初めて体験する病気ばかり襲ってくる「後期高齢者の現実」に直面していることを「しるし」と見て、この招きを受ける事を決断しました。一人での生活に体力的な限界を感じていたのです。教会での宣教司牧活動の協力者としての生活は、とても喜びを感じて生きているので、その活動がより健康的に行われるためにも、通勤生活は少し負担に感じますが、それよりもおおずへの入居生活を選びました。中々空室が出ないので、「今空いた部屋」に入居する返事は急ぎました。何としても引っ越しを実現させてくださいと祈りつつ、このチャレンジを受け入れました。 IMG_2944.jpg  IMG_2949.jpg 一か月間は毎日早朝と夜帰宅してから引越しの為に作業をしました。このようなことでもなければ、幟町修道院の閉鎖は実現出来なかったと感じます。原爆によって廃墟となったヒロシマに世界平和記念聖堂がそびえ立ち、橋本町に幟町修道院が創立されました。そのお陰で、私は援助修道会への招きを頂いたので、特別な思いを持つ幟町修道院です。どんなに転居しても幟町教会での使徒職を大切にして欲しいと、パリで会う度に言われたのは、あの当時の管区長・シスターシモン・ブリゾンです。マンション・ガーデンパレス幟町に移り住んでも、アフリカで亡くなったシスター二條あかねは、帰国する度に、「ここだけは残してね!私が日本に帰国する時はここを拠点にするからね」と言って8階での休暇を楽しんでいました。幟町教会で早朝から夜遅くまで働き続け、高校生の私を信仰に導いたたシスターㇾテチア天野も帰天され、これらのシスター達皆が「もういいよ!閉鎖なさい」と言って下さった気がします。大洲に共同体のシスター達10人も幟町小教区に属し、祈り続けておられるし、若いシスター達も楠木から幟町教会に通い続けているし・・・と私が幟を去ることは幟町修道院を閉鎖することだと宣言出来ました。 IMG_2951.jpg  IMG_2950.jpg 私は大洲に移っても下関の姉妹との共同体は続きます。今まで通り、互いに行ったり来たりして共同体の分かち合いを続けます。大洲への移動の為に本当に沢山の人達に助けて貰いました。下関からシスター細川もシスター山本も、そして、楠木からもシスター松本やシスター谷口やシスター林朋子、大洲からシスターノエミ天野が来てくださり、7月の豪雨による被災者の為に、色々な家具や食器を届けてくださった久保助祭とシスター橋本、又私の幟町教会での色々なクラスの人達に、色々な物を貰って貰ったり、入門講座の人々まで家具を届ける為に手伝ってくださり、何一つ廃棄したものはありません。最後は、移動した日には、木曜クラスをその日は辞めて部屋を整える為に一緒にケアビレッジおおずに来て、主婦力を発揮して、快適に住めるように部屋を整えてくださいました。だから、彼女達は私のすべての所持品を知っています。何がどこに入っているかは、私は毎日宝探しをして見つけています。一人だと何週間もかかりそうだと感じていましたが、一日ですべてがどこかに収まって、私は翌日から出勤出来たのです。 IMG_2929.jpg IMG_2939.jpg 30日にマンションを空にすることが出来、部屋の鍵を返却し、私は電気のブレーカーを降ろしました。完了と共に、体の力がどっと消えうせたように疲れを感じました。大洲への入居は11月1日ですから、30日と31日は教会の一人暮らしの友人の所でお世話になりました。彼女は働いているので、一日中猫のルビオ君と静かな時を過ごさせて貰いました。すべてをみ摂理に委ねて、なおかつ私が出来る努力は発揮して清々しい気持ちで引っ越し完了でした。神に感謝!突然の環境変化で自他共に驚きましたが、神様の招きだからすべてを計らってくださったと感じます。     IMG_2941.jpg 9月末には家族大会と称して国際共同体の日を祝いました。フィリピン人共同体やベトナム人共同体が子どもの遊びを披露したり、クリスマスの飾りつけを披露したり、料理の仕方を披露したり。その前の国際ミサでは、日本で唯一のフィリピン人殉教者・聖ロレンソルイスのお祝いをしたいとフィリピン人共同体の人が簡単に聖ロレンソについてのスライドを作りミサの終わりに皆に紹介。ダブルの子どもたちが解説を担当。この日、皆が「国際共同体・一つの神の民の教会」を願っていると私は感じました。 IMG_2925.jpg  IMG_2924.jpg もう一つびっくりしたことは、広島大学で教えているフィリピン人の先生が、1987年に、私のマニラ生活中に書いた「シスターテルコのマニラ通信」を朝日新聞が本にして出版した「奇跡への日々」を、アマゾンで見付けて、1円で買い求め、本にサインをしてと申し出たのです。「必ず読むから」と言われて驚きました。私の昔のことをどうやって知ったのか?不思議な事。今のフィリピン人達は、30年前のマルコス独裁政権の時代は知らないので、ピープルパワーの話は通じないと私は思っていたので、今出会っているフィリピン人達に、私は自分のフィイリピン体験を話したことがありません。それなのに知っている人が居るとは!    IMG_2920.jpg IMG_2915.jpg IMG_2913.jpg 火水二日間の休みには、住所変更の為に、保険証やマイナンバーの住所変更の手続きに南区役所を訪れたり、バス通勤の経済的な定期を見つける為にバス会社を二軒訪問したり、体の手入れの為の病院通いをしたりで多忙な日々でした。これから少し体を休めつつ、新しい歩みを始めたいと願っています。移り住んだケアハウスは快適で、気持ちの良いスタッフ達にお世話になっています。