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2019年8月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

世界平和記念聖堂では年間の色々な行事の中でも大きな行事の一つは、やはり、8月5・6日の平和行事です。この3年間余りをかけて修築工事をしていた聖堂は急にピッチを上げて巡礼者を迎えられるように整備され、当日は聖歌隊席も整い、何とか迎え入れが出来るまでになりました。
初めて設置された冷暖房機も作動され、快適に集まることができました。まず、5日は、パネルディスカッションから始まりました。

テーマは「平和の糸をつむぐための教会の役割をふりかえる」で、松浦悟郎司教(名古屋)勝谷太治司教(札幌)ウエイン・バーント司教(那覇)そして白濱満司教(広島)の司会で開催されました。その中で、私の心に響いたポイントを幾つか紹介ましょう。

①松浦司教が指摘された、1981年の教皇来広で、「日本教会」の意識が生まれた事。それまで教区だったが、以来、日本の教会としての決意のもとに、平和行事を行うようになったのだ!私はこの頃フィリピンで働いていましたので、この大きな流れはずっと後で知りました。

②ウエイン司教様は、「私達に、沖縄を余りにも知らない」と実感させるくらい、沖縄の現実を話してくださいました。嘉手納基地やその他の大きな基地には、沖縄の住民達は入られない。中国が近く、琉球王国は追いやられ、アメリカ、中国、日本が自益の為に利用していると言う。地元の沖縄住民の意見は聞かれたことがない。外から国土をどう使うか決められ、差別を受けている。民意が表明されても国はそれを無視し、「たくさんの金を上げたのに何故言う事を聞かないのか」と言う。この為、平和な村が分裂へ。人間の尊厳「皆神の子」をのべる聖書を求める必要がある。

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 →「神のチムガナサ(深い愛)を!」沖縄における人権を守ろう! 権利について、人権について、各教会で話している。まことの平和を求めて。沖縄の声が大切!土、空、海の声を!深い愛を抱く神が沖縄の為に苦しんでいる。
 →信者として皆兄弟、姉妹。互いに天の力のつながりがある。イエスの心ですべて成し遂げる。人権について教会の基本的教えは、司祭も信徒も平等。人権が圧迫されている時、声をあげるのは難しい。
 →沖縄について東京で声をあげることが大切。苦しんでいる中から声を出している沖縄の声を聞き届ける為に。


分科会がその後続きました。盛りだくさんで、聞き逃したことの方が多いです。限られた時間で。

夕方7時から平和祈願ミサがあり、全国から司教様方と司祭達と信徒達が心を合わせて、戦争への道から遠ざかり、平和を共に築く決意を神の前で表明し、今も世界中で戦火が収まらない中で苦しむ人々の為に祈りました。ここで、教区別ではなく、真に「一致した日本の教会」を実感しました。

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毎年司教様方が広島に結集される意味を皆が理解させて貰った時でした。教皇様が11月に日本訪問を実現される準備が奨められている今、改めて「日本の教会」としての使命を実感させて貰いました。

6日は朝8時から「原爆・すべての戦争犠牲者のためのミサ」が捧げられました。

原爆投下の瞬間の時刻には市内のお寺、教会などの鐘が鳴り市民は黙祷を捧げます。私達も世界平和記念聖堂の鐘と一緒に参加者皆で黙祷を捧げました。その前に、ノートルダム清心高校の5人の生徒さんが、1981年に広島から世界に発信されたヨハネ・パウロ二世教皇の「平和アピール」を静かに朗読しました。この日も暑い一日でした。 

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さて、今日は8月13日ですが、暑い日が続いています。平和行事も無事終わり、次は15日に聖母被昇天の祭日のミサを白濱司教様の司式で捧げますが、その後待ちに待った、ファチマの聖母像の安置式が行われます。100年前にファチマに出現された聖母の牧童へのメッセージをここ広島の地で、世界平和の為に集まり祈る人々が継承して生きる為に教皇様の配慮でファチマに出現された聖母像のレプリカが、広島カテドラルに贈られたと聞いています。

今ここでいつくみセンターから出版された「ファチマの聖母出現―ご出現100周年を迎えて」(2017年出版)から引用してみたいと思います

ファチマでの聖母出現の準備に天使が、牧童(ルシア、フランシスコ、ジャシンタ)に次のように祈るように教えました。

「私の神よ、私はあなたを信じ、あなたに祈り、あなたに希望し、あなたを愛します。あなたを信じない人、あなたに祈らない人、あなたに希望せず、あなたを愛さない人をお赦しください」

 又、このように祈りなさい。「イエス様とマリア様のみ心はあなた方の祈りに耳を傾けておられます。」さらに「もっと、もっと祈りましょう! イエス様とマリア様の御心はあなた達に慈しみのご計画を持っています。いと高き御者に絶えず祈りと犠牲を捧げましょう。」さらに「あなた達が出来るすべてのことを犠牲として捧げなさい。神に背く人びとの罪の償いとして,また罪びと達の回心のため、神に犠牲を捧げなさい。このようにして、あなた達の国に平和をもたらすでしょう。私はあなた達の国の守護の天使、ポルトガルの天使です。主があなたたちにお与えになる苦しみを従順に受け入れ、忍びなさい。」

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 次に現れた天使は、3人の牧童にキリストの尊い御体と御血を授ける為にどのように祈るか「永遠にお働きになるイエスのみ心と聖母の汚れなき御心を通して、あわれな罪人の回心をあなたに願い求めます」天使はさらに、「恩知らずの人々によって恐ろしく冒涜されたイエス・キリストの御体と御血を受け、飲みなさい。」と教えました。その後、聖母が現れて、3人の牧童それぞれに使命を託し、各自に「あなたはたくさん苦しむでしょうが、気を落とさないでください、私は決してあなたを見放しません。私の汚れなき御心はあなたの避難所であり、あなたを神へ導く道であるでしょう。」とも言われました。その時に彼らは、聖母の茨に囲まれた心臓が棘に突き刺されているのを見て、これがマリアの汚れなき御心であり、人間の罪によって踏みにじられ、償いを求めておられると言うことを理解しました。

ファチマに現れた聖母のお望みは、「祈り」(特にロザリオ)と「償い」を求めておられます。新しい使命を受けた私達も、真に世界が平和になる為に、祈り、働きを通して償いの業に参加出来ますように!

今の世界の状況は暗い雲に覆われています。不穏な空気が漂っています。それなのに、物質主義の虜に成って仲間とも分裂しつつあることに気付きません。むしろ全世界を滅ぼす力を持つ核兵器の問題、原発の問題からも目を覆っています。静かに祈る場が提供され、人間皆が本心に立ち帰られるように、ファチマの聖母は広島に来てくださいました。今こそ私たちに、「自己中」になっている人間相互の無関心から来る罪で苦しめているイエスのみ心と聖母のみ心に思いを寄せて、人類の罪の贖いに協力できるように日々の犠牲を捧げて罪の赦しを懇願するように私たちを日々派遣してくださっているのです。

ファチマの聖母の来広によって、教会を訪れる巡礼者と共に、聖母の取りつぎを日々願い求めてミサを捧げ、世界平和の為に祈り、働き、犠牲を捧げる共同体へと
成長してゆけますように!之こそ日本の教会に託された使命でもあります。

2019年6月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです。) [カトリック教会]

4月にブログ更新して以来、行事の連続で、あっという間に6月に成ってしまいました!沢山分かち合いたい事があります。

*まず、4月20日に、第7回「ひろしま・ふくしまを結ぶ、もみのきイベント2019」に参加しました。今回は、2014年5月福井地方裁判所・関西電力大飯原発運転差し止め判決をした、元福井地裁裁判長の樋口英明さんの講演会でした。

  講演者の横顔: 2014年5月樋口氏は大飯原発3,4号機運転を差し止め判決、15年4月には高浜原発3,4号機運転差し止め仮処分判決を 出した。17年、名古屋家裁部総括判事で定年退官。18年秋から、市民向けの講演活動を開始し、司法の道を志す学生達と講義を通じて対話を続けている。三重県津市在住。 彼の話で心打たれた点は、強振動予測の科学性について三重苦(観察できない、実験できない、資料がない)で、原発の平和利用は禁忌(やってはいけないこと)でありそれは取り返しがつかないこと。一般建物には怖くて使えないのに、原発にだけ判決の根拠として使っていると。 *5月に入って、「アイたちの学校」=子ども達の学校 100年の差別ーその闘いの記憶と題する朝鮮学校の歴史と現状を描く初の長編ドキュメンタリーを観に行きました。皆様も機会があるなら、ぜひこの映画を観てください。この中で、~大阪朝鮮高級学校生徒の言葉から~「この世に差別されるべき人間は一人もいません」が心にぐっと響きました。     IMG_3322.jpg     日本は武力で韓国併合を強要し、朝鮮半島を植民地にした。戦後日本政府は、朝鮮人学校閉鎖令をだし、閉鎖を強行し、 裁判所も多くが追随。100年にわたって、続けられた差別の歴史。在日朝鮮人は子ども達の夢を育むために、幼稚園から 大学に至る、世界にもたぐい稀な民族教育事業を行ってきた。彼らが自分達の言葉、文化を学ぶ学校を今なお日本社会は 認めていない。私たちの無知を恥じる。私たちは、アジアの歴史を学ぶことに欠けている。日本の過去を正直に見つめたい。過去を振り返ることなしに、未来への責任も果たせない。それだけでなく、今の一歩をどこに出すかも分からないままだ。 *5月3日は例年乙女峠祭り。今年は、特に、津和野の証し人37名の列聖調査開始宣言をヴァチカンからの使者から戴いた。この乙女峠祭りのミサには例年多くの参加者が全国から来られるが、今年は例年以上に、日本司教団のほとんどの司教様方が信徒達と一緒に参列され盛大な乙女峠祭りを祝った。これから全国の教会で津和野の証し人の為に祈り、学びたいですね。 IMG_3179.jpg  IMG_3180.jpg *5月最後の体験は、数年ぶりに広島教区の職員旅行が実現。初めての海外旅行・台湾への二泊三日の旅で、白濱司教様と事務局長の服部神父様をはじめ、岡山、山口、教区事務局、幟町の職員達で合計18人の旅。かつて日本が植民地にした台湾の今をグループとして知ることが出来たのはとても興味深く、台湾と中国との関係で今持っている課題などガイドさんの説明も大いに助かった。台北で働く日本人のイエズス会の神学生とも出会い、3日間イエズス会のマジスセンターでミサを捧げた。イエズス会の創立者・ロヨラの聖イグナチオの創立精神を表す神のより大いなる栄光の為にと言う「もっと」の精神を現すMAGISセンターには若者達が集まっていました。 IMG_3222.jpg IMG_3318.jpg    IMG_3208.jpg  *6月初め突然「ルワンダの教育を考える会」のマリールイーズさんから電話。翌朝、教会に現れて再会を喜んだ。その際、6日に行われるルワンダの青年のコンサートに誘われた。この青年は、1994年の大虐殺の際、突然両親・兄弟を失い、孤児院でたくさんの孤児達と生活をし、パパやママと呼べる人も兄弟姉妹と言える存在もなく寂しい日々を過ごした。そんな彼は青年期に歌を歌う事や作る事に興味を持ち、自己流で歌っていた時、マリールイーズがYOUTUBEで見付けてメールや 郵便で連絡してくれて交流が始まったと言う。初めてママのような存在で、僕に心をかけてくれる人が居る喜びを味わった。彼は、ルワンダの教育を考える会や広島の連帯活動をしてくれる人々に支えられて来広した。広島に着くと直ぐ平和公園を訪れ、広島の悲惨さとそれにも負けず平和の為に街を再建し力強く生きている姿に感動し、市民の皆さんの暖かい心遣いに感謝すると共に、自分の体験した虐殺現場の記憶とか今日までの苦しい日々の意味を理解したと言う。自分も真の平和の為にこれからも歌を通して平和の証し人になりたいとあらためて決意したと言う。彼は将来、いつか自分のバンドの人々と一緒に広島で平和コンサートを開きたいと夢を語りました。彼の歌は皆の心に響きました。連帯活動をしている広島の市民の助けを受けてピアノとフルートの伴奏でで彼の歌を応援してくれた人々との出会いも、私たちの心に響きました。         1559824964114.jpg     広島でも原爆直後からどれ程多くの孤児たちが同じような悲しい思いを持って居たことか!だから苦しむ人と共感し合えるのだと彼にも伝わりました。いかなる暴力も正当化されてはならない。今夜も香港の青年達と中国政府との衝突がテレビで報じられています。どうかこれ以上、犠牲者を出すことがありませんように切に祈ります。   *最後に、聖霊降臨の祝日に、幟町小教区の白濱司教様の公式訪問で、前日に現勢報告会を行い、日曜日のミサの中で、9人の堅信式が行われ、ミサ後、皆で喜びを分ちうパーテイ―を開催。その際、フィリピン人の留学生たちが素晴らしいサプライズを用意。声楽2人、ピアノ1人、フルート1人の博士課程の学生達が皆をうっとりさせるようなコンサートをしてくださいました。その後、子ども達も可愛いコーラスを披露。       IMG_3312.jpg  *この日、ミサの終わりに司教様はあるサプライズの発表をされました。広島教区に新しい観想会が誕生したことを告げられました。1975年に誕生した「コムニオ・サンクトルム 聖人の交わり」「瞑想による慈悲の平和により教育に奉仕する共同体」で、エクアドルから来られた2人のシスターと1人の志願者とその会の創立者であり総長でもあるペーター神父(ドイツ人)が通訳者と共に紹介されました。       IMG_3315.jpg   色々新しい動きが世界中で、又教区内にもあり、これからも時のしるしに敏感でありたいですね。皆様と共にたくさんの祈りの連帯を広げて行きましょう!当てにしています!

2019年4月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

3月はとうとうスキップしたので、4月号で一緒にお伝えします。

3月初めに、くじで当たった山口への日帰りバス旅行に行きました。昨年私がまだ幟町にいる
頃、近くのスーパーで日帰りバス旅行に応募するサービス券を貰い、以前にも時々応募して
何回かシスター達とバス旅行に参加したことがあり、今回も忘れた頃に、参加出来るお知らせ
が届き、大洲の元気なシスター二人を誘って3人で参加しました。80歳中半のシスター達は大
喜び。それを見て、私も嬉しくなり、私達3人は、早朝広島駅集合の団体に加わりました。予報
は雨でしたが、バスで出発すると直ぐに日が差し,晴天の一日でした。このツアーの参加者は高
齢者夫婦や障害者と同伴者家族など、単独で普通の旅をするのは難しい人々で、弱い人への配
慮があり安心して参加できます。

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バスはまず、小野茶見学。このように広大な茶畑を見たのは初めて。秋吉台を源として厚東川
が流れ、小野地区は、豊かな自然ときれいな空気に恵まれた茶畑です。

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次に、瀬戸内海を臨む絶景のあいお荘へ。2時間で昼食と入浴が出来るように計画されていま
したが、天然露天風呂のある温泉を楽しんだのは私だけ。私は「あいおご膳を頂いて、直ぐに
瀬戸内海を臨む温泉へ。たった一人で!着替えが苦になる高齢者達は外の芝生の庭で海を眺め
て過ごした。

次に案内されたのは「いちご狩り」旬のイチゴを30分間食べ放題。温室に入って歩き回り、
皆黙々とイチゴをもぎ取って食べました。美味しかった!夢中で食べていちごの写真を撮るの
を忘れたの。

最後は、瑠璃光寺・長州苑見学。室町時代の優れた建築の一つ。大内文化の最高傑作として
国宝に指定されています。年配のシスター達は、最高に感激してゆっくりと散策。

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今回のバスツアーは大いに気分転換になり喜んで貰いました。私も久しぶりに海の幸、山の幸
を味わい、きれいな自然に触れ、別世界を味わって、英気を養うことが出来、神様に賛美と感
謝を捧げました。気分転換は本当に大切ですね。神様の創造の業を改めて味わい賛美して!

3月末には、幟町教会の四旬節の黙想会で、イエズス会の小暮神父様をお迎えしました。
9時半のミサから始まり、神様の声を聴く為に、「私の内的なお喋り」を辞めて、内的沈黙に入
る為の気付きの瞑想に導いてくださいました。「気付きの瞑想」マインドフルネス瞑想:ヴィ
パサナ瞑想と呼ばれる体感覚に気付く為の、食べる感覚や、見る感覚、触れる感覚、聴く感覚、
匂う感覚など、限られた時間の中でも多様な体験へ招いてくださった。歩く瞑想も体験。教会
の庭に出て、皆静かに足の裏の感覚に気付く体験をし、内的沈黙に導かれ色々な新しい気付き
を戴き、物の見方も変わる体験となった。今までの教会黙想会と違って、皆が体験に招かれ真
剣に指導に従って実体験し、終了時には爽やかな顔になっていたのが印象的。新しい事を素直
に受け入れ指導に従う共同体の素晴らしさも目撃しました。之こそ、神のみ旨を共に探す旅す
る共同体に成って行く事への招きをチラリと体験させて貰い嬉しいでした。

第九条の会ヒロシマ結成27周年記念集会に参加しました。その際、広島大学総合化学部准教
授のチェ・ジンソク先生の講演から心に響いた事を書きましょう。チェ先生はソウル生まれ
東京育ちでバイリンゲルで育った方。彼は、韓国キャンドル市民革命から学ぶ実現可能な東
アジアの平和へのメッセージを述べられた。それを聴きながら、文在寅政権を生み出したキ
ャンドルデモから学ぶ必要を感じました。「過去の痕跡を辿り直し、過去を克服しなければ、
未来に行けない」「過去は未来の入り口」民衆にとって朝鮮戦争は、占領者がコロコロ変わ
る戦争だった。占領者に寝返らないと生きてゆけなかった。この歴史の現実をもっと勉強し
なければ、朝鮮半島を理解出来ないと今の私は感じています。

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最後にチェ先生は、「朝鮮半島には戦争の危機はなくなりつつあり、アジアがアジアになる!
憲法を生かし、共に平和を作り出す時です」と言われ、「憲法9条を東アジア化」することを
訴えられました。

     アジア憲法9条

   「私たちアジア人は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する。
    私たちアジア人は、戦争と武力による威嚇又は武力の行使を決して行わない。
    私たちアジア人は、戦争と武力を永久に放棄する。
    私たちアジア人は、陸軍空軍その他の戦力を保持しないし、
    国の交戦権も絶対に認めない」

近隣諸国との信頼関係を築く為にも、過去の歴史をしっかりと学び、過去の過ちを認めること
によってのみ、未来への歩みを共に探して行けるようになるのだと私は強く思います。

4月初めに、分かち合いクラスの人達と縮景園にお花見に行きました。その数日後に、大洲の
姉妹と日曜日のミサ後に縮景園へ。世界中からのお花見客がいてびっくり!本当に平和の有難
さを感じ、皆がニコニコしているのが印象的でした。

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世界平和記念聖堂の修築も終わりに近づいています。その喜びを感じている時に、パリ・ノートルダム大聖堂の火災のニュースが飛び込み、数回訪問したことのあるパリの大聖堂の素晴らしさを思い出し、直ぐに「世界の損失だ!」と一人で叫びました。フランス国民の悲痛な衝撃に連帯し心を合わせて皆で祈りましょう!

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聖週間にやっとブログの更新が出来て嬉しいです。最近は落ち着いて思考して書く作業が難し
くなりました。毎日バタバタして。時節がら病人見舞いや面会者の傾聴が増えているのと、
大洲へ移ったことで、夜遅く出かけるのは億劫になっています。毎朝歩いて教会へ。帰りは早
ければ歩き、暗く成ったらバスで。カープの試合がある日は歩くしかない。渋滞がひどくて徒
歩の方が早く帰れます。

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「今年のカープはどうしたんかね?」

皆様、良い聖週間をお過ごしください。ご復活おめでとうございます!

2019年2月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

クリスマス以前にブログ更新をして以来、御無沙汰しました。大洲への引越しにエネルギ
ーを使って、少々疲れ、クリスマスを迎えて直ぐに、どっと疲れが出て食べられなくな
り少し良くなった頃、お正月を迎え、そのすぐ後に又胃腸障害を起こし、どっと疲れに襲
われ快復に時間がかかりました。今やっと食べられるようになり通勤が楽になりました。
バスを待つのが寒く感じられ、新年になってから、朝は徒歩通勤、夕方の帰宅はバス通勤
を試みています。50分歩くのが体を元気にしてくれる気がします。寒い時、立っているよ
り、歩いている方が楽ですね。

1月20日には、幟町教会で例年、「サントニニヨ」の祝いをしますが、スペインがフィリ
ピンのセブ島に上陸してきた時、降服した酋長に、幼子イエスのご像を持って宣教者達
が一緒に上陸し、フィリピン人への贈り物としたことを記念して、今もなおフィリピン
全土で、各家族が大切にしている「幼子イエスのご像」を教会に持ちより、ご像を毎年
祝別して貰い、家内安全のシンボルとして持ち帰ります。サントニニヨのご像が置かれ
たテーブルの下に潜り込んだダブルの子・トーイ君には何が見えているのだろうか?

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一月には、台湾で生まれた息子を連れて帰国しためぐみちゃんと再会しました。息子は
台湾生まれ、私は、坊やに「私も台湾生まれよ」と話しました。まだ理解できない坊や
に言ったのです。人間皆どこで生まれるか自分で決められない。その後どこの国籍にな
るかも、親の都合で決まります。

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1月の初め頃、修道会の用事があって、東京へ行きました。この数年、名古屋にいる友人
の健康を心配していました。機会が訪れれば、見舞いたいと思っていたので、チャンス
だと思いました。フィリピン時代にマルコス独裁政権下で人々が苦しんで居た頃、ラジ
オベリタス(アジア司教団の持つラジオ局で情報制限を受けている国の人々にも真相を
人々に伝える使命を持つラジオ局)で働いていた女子パウロ会のシスターぺルピンとは、
草の根の人々と共に生きていた私は、貧しい人々がどのように福音を生きているかを分
かち合い、支え合っていました。もう一人、医療支援をしていた看護士さんの初枝さん
とも支え合っていました。彼女は内戦による戦場のような地の野戦病院のような所で貧
しい人々の医療支援者として、ルソン島北部やミンダナオの南端の僻地で働き、種類の
違うマラリアにそれぞれの地で掛かり、再起不能になるほどの重症を負い、後に日本に
健康上の理由で戻ることを余儀なくされました。私たち3人は帰国してからもずっと時々
東京で分かち合いを続けました。分かち合う事が沢山あり「帰国子女」としても支え合
うことが出来ました。ぺルピンが体を壊し名古屋に転勤になり、東京で会うことが出来
なくなり、気になっていましたが、今回の私の上京の機会を利用して、初枝さんも東京
から一緒に名古屋まで来てくれるとのことで本当に夢のようなトリオの再会が実現しま
した。ぺルピンは手押し車で外出出来るまでのリハビリに専念しました。彼女を迎えに
行って、タクシーでレストランに行き、初枝さんが予約してくださったフランス料理を
ゆっくり戴き、積もる話は尽きず。半日を共に過ごし、わたしが上京する機会があるの
で、3月の再会を約束。3人共にそれぞれの現場で命がけの日々を過ごした独裁政権下の
フィリピンでの生活体験は、今も人生の宝物となっていて、宣教精神の基礎として思い
出されます。

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大洲に来てから、朝食の時、援助修道会のシスター達に会う機会がありましたが1月25
には、その内の3人の姉妹が、特別養護老人ホームに移動しました。3人とも、私には思
い出の多い先輩達ですから寂しいです。彼女達の歩みは私もやがて行く道です。修道会
で最期を過ごせる時代ではありません。若い会員は断然少ないのですから昔のようにす
べての修道院で共同体生活を最後まで出来るとは限りません。公会議後に人々の近くに
生活する為に、小さな共同体をあちこちで始めましたが、そんな途中で、使徒的理由だ
けでなく、大きな修道院の営繕管理も難しくなり、閉鎖して、使徒職を続ける為に、
マンションでの小さな共同体生活もあちこちで始めました。少ない人数ながら若い会員
の召し出しに応えて、彼女達の使徒職の為に、大きな修道院から彼女達を解放する為に
色々な試みをしてきました。そして今、高齢会員は公的なケアハウスで、生活を続けて
います。私も、マンション生活からこのケアハウスに移り、使徒職を続けています。
老いを恵みとして生き抜けるように、ここでの体験は、教会での宣教生活で大いに分か
ち合える体験で、老いを担って本人も家族も苦しんでいる人々をもっと思い合える為に
いただいているのでしょう。老いは病気ではなく、一つの完成に向かうチャレンジです。
未知の次の段階への招待でもあると感じます。記憶を失っていく姉妹達の剽軽なユーモ
アのある応答にほっとさせてくださる程に暖かさを感じます。先輩達は、人生の異なる
側面を生きて証しして下さっていると感じます。

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二月早々の来客は昔「親達の分かち合い」に来ていた聖母幼稚園に二人の子供を通わせ
ていた母親とその娘と孫。本当に懐かしい再会でした。娘のナホちゃんは結婚して北海
道に住んでいて、実家の松山に息子を連れて帰省中で、母、娘、孫と3代揃って日帰りで
広島へ会いに来てくれたのです!感激の再会でしたが、食いしん坊のナホが、幟に来る
直前に大好きな牡蠣を食べたばっかりに、凄いアレルギーで、幟町教会で嘔吐し続けま
した。苦しそうで、本当にかわいそうでした!他方、孫は眠り続けていて抱っこも出来
ず。昔の分かち合いクラスの仲間達とのお喋りも出来ずに、病院探しをしたり、結局高
速艇で、四国に戻ることに!聖母幼稚園時代から慌ただしいグループだったので、今も
変わらないと感じました!「リベンジ」に又来てくれるとか!ちょっと顔を見ることが
出来ただけでも感謝!来てくれてありがとう!

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もう一人の1月の来訪者は、ルワンダの教育を考える会のマリールイーズさん!毎年、広
島の数か所で講演の為に招かれて来広する時、いつも連絡してくださり、再会します。
今年は、私が幟町に住んでいないので、ホテルに迎えに行き、幟町教会の私のオフィス
で落ち着いてお喋りできました。彼女はいつものように精力的に全国を回り、正に福音
の喜びを伝える使者としてお喋りが弾みます。彼女は次の日に神戸に講演に行くので、
六甲修道院を訪問したいと。日本での生活を始めた頃にお世話になったシスターが今は
六甲で介護を受けているので見舞い、フランス語で語り合えたと写メを送って喜びを伝
えてくださいました。認知症になっても流暢にフランス語で話せる私の修練長に乾杯!

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2018年12月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

待降節に入り、皆様いかがお過ごしでしょうか?気候の変化が毎日激しいので、季節感が
狂ってきますね。私がここ大洲に移り住んで、一か月経ちました。毎日、通勤バスの電光
掲示板に振り回されています。掲示板のお知らせ時刻表とは関係なく、バスが来ないので
す。夕方は特に、30分以上待つことは日常茶飯事で、色々私なりに「原因究明」すると、
やはり道路が狭くて、あちこち渋滞しているので前に進めない。広島駅周辺は、特に渋滞
しているので、これでは物流が進歩しない。町の発展も限界だ!そんな事を考えながら、
戦後、直ぐに出来なかった区画整理のせいで、今から道路の拡張をするのは多難だ。それ
なのに、沢山の高層マンションやホテルが建っている。タクシーも自家用車も渋滞に巻き
込まれている。特に駅周辺が大変。どうしたら良いのか・・・?毎日心が痛むのを実感し
ているのです。

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今朝、私は76歳になった自分の顔の写真を玄関前で撮りました。びっくり!やはり76歳だ
!後期高齢者二年目らしい顔をしている。昨年度は体力の限界を教えられる現象を色々体
験し、ここ大洲に導かれ感謝です。そのお陰で今は、ナースコール設備のある寝室で、安
心して休み、バスで通勤し、今までと同じように幟町教会で働いています。引越しの為に
全ての荷物を整理したので、今必要な書類を探しても、書類は見付からず、捨てたらしく、
困ることも度々ですが、又新しく考えながら再出発できるのはありがたい!

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先日、1合炊きの炊飯器を見付けて数日考えた末、買い求めました。ままごとのような小さ
な炊飯器です。まだ使っていませんが、先日新米を、例年下さる向原の信者さんから少し
貰ったのでクラスの皆さんに3合ずつ分け、残り3合を私も貰って帰り、ご飯を炊いてお弁
当を作ろうと考えました。その内に、実行できるかしら?これは、体力が回復しつつあり、
気力が出てきたしるしでしょうか?
    
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11月に教区事務局が墓地ミサに参加を希望する人々の為に、バスをチャーターしてくださ
ったので、私も参加し、新しくできた聖職者の墓参りと、長く幟町教会の聖堂内に安置さ
れていたマリア像の転居先を訪問することが出来ました。教区司祭達のお墓が、マリア像
ととても感じよく並んでいました。平素、山の上まで上がれない人達も、若者達の助けを
借りて、一緒に納骨堂まで上がり、聖職者墓地の前で、懐かしい司祭達の墓参をすること
が出来ました。懐かしい話で花が咲きあちこちの知人達の墓参も一緒にし、とても家族的
な一日でした。沢山の高齢者も参加しておられたのが印象的でした。平素、「山の上だか
ら墓参が出来ない」と言っていた人達が、皆と一緒にバスで行くのを喜んでおられました。
小さな子ども連れが目立ったのも嬉しいでした。老若男女が集い、故人の為に祈る姿は美
しいでした。

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このような季節に、幟町教会の修築工事はまだまだ続いています。それでも、聖堂内の足
場を一先ず解体し、ベンチも地下聖堂に納めているものを全部、クリスマスまでに大聖堂
に戻し、パイプオルガンも、クリスマスには演奏できるようにし、聖歌隊も2階の聖歌隊
席で歌えるようにして下さるようです。典礼への配慮をし、工事現場の人々も協力して下
さるのは有難いですが、工事は本当に長くかかります。今年も暖房は2月頃に設置できる
とかで、厳寒のクリスマスと年始の典礼になるでしょう。クリスマスとお正月にカテドラ
ルを訪れる市民の方々も多いので、寒さ対策をして来ていただきたいと願っています。こ
の寒空で厳しい生活をしている難民や、路上生活者との連帯を捧げられるよう心を馳せて、
皆で主の降誕をを準備したいですね。良い待降節をお過ごしください!

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2018年11月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

長い間ご無沙汰しました。9月の中頃から急に私の近辺に変化が起こり、9月末の聖書100週間クラスの終了と共に、私は幟町修道院の家の整理は始めました。マンションの3LDKを明け渡すためです。そして同時に、私は一人暮らしを辞めて、サービス付き高齢者住宅(サ高住)である「ケアビレッジおおず」に空室が出来たので入居しないかとの招きを受けて、数日識別し、昨年から色々と初めて体験する病気ばかり襲ってくる「後期高齢者の現実」に直面していることを「しるし」と見て、この招きを受ける事を決断しました。一人での生活に体力的な限界を感じていたのです。教会での宣教司牧活動の協力者としての生活は、とても喜びを感じて生きているので、その活動がより健康的に行われるためにも、通勤生活は少し負担に感じますが、それよりもおおずへの入居生活を選びました。中々空室が出ないので、「今空いた部屋」に入居する返事は急ぎました。何としても引っ越しを実現させてくださいと祈りつつ、このチャレンジを受け入れました。 IMG_2944.jpg  IMG_2949.jpg 一か月間は毎日早朝と夜帰宅してから引越しの為に作業をしました。このようなことでもなければ、幟町修道院の閉鎖は実現出来なかったと感じます。原爆によって廃墟となったヒロシマに世界平和記念聖堂がそびえ立ち、橋本町に幟町修道院が創立されました。そのお陰で、私は援助修道会への招きを頂いたので、特別な思いを持つ幟町修道院です。どんなに転居しても幟町教会での使徒職を大切にして欲しいと、パリで会う度に言われたのは、あの当時の管区長・シスターシモン・ブリゾンです。マンション・ガーデンパレス幟町に移り住んでも、アフリカで亡くなったシスター二條あかねは、帰国する度に、「ここだけは残してね!私が日本に帰国する時はここを拠点にするからね」と言って8階での休暇を楽しんでいました。幟町教会で早朝から夜遅くまで働き続け、高校生の私を信仰に導いたたシスターㇾテチア天野も帰天され、これらのシスター達皆が「もういいよ!閉鎖なさい」と言って下さった気がします。大洲に共同体のシスター達10人も幟町小教区に属し、祈り続けておられるし、若いシスター達も楠木から幟町教会に通い続けているし・・・と私が幟を去ることは幟町修道院を閉鎖することだと宣言出来ました。 IMG_2951.jpg  IMG_2950.jpg 私は大洲に移っても下関の姉妹との共同体は続きます。今まで通り、互いに行ったり来たりして共同体の分かち合いを続けます。大洲への移動の為に本当に沢山の人達に助けて貰いました。下関からシスター細川もシスター山本も、そして、楠木からもシスター松本やシスター谷口やシスター林朋子、大洲からシスターノエミ天野が来てくださり、7月の豪雨による被災者の為に、色々な家具や食器を届けてくださった久保助祭とシスター橋本、又私の幟町教会での色々なクラスの人達に、色々な物を貰って貰ったり、入門講座の人々まで家具を届ける為に手伝ってくださり、何一つ廃棄したものはありません。最後は、移動した日には、木曜クラスをその日は辞めて部屋を整える為に一緒にケアビレッジおおずに来て、主婦力を発揮して、快適に住めるように部屋を整えてくださいました。だから、彼女達は私のすべての所持品を知っています。何がどこに入っているかは、私は毎日宝探しをして見つけています。一人だと何週間もかかりそうだと感じていましたが、一日ですべてがどこかに収まって、私は翌日から出勤出来たのです。 IMG_2929.jpg IMG_2939.jpg 30日にマンションを空にすることが出来、部屋の鍵を返却し、私は電気のブレーカーを降ろしました。完了と共に、体の力がどっと消えうせたように疲れを感じました。大洲への入居は11月1日ですから、30日と31日は教会の一人暮らしの友人の所でお世話になりました。彼女は働いているので、一日中猫のルビオ君と静かな時を過ごさせて貰いました。すべてをみ摂理に委ねて、なおかつ私が出来る努力は発揮して清々しい気持ちで引っ越し完了でした。神に感謝!突然の環境変化で自他共に驚きましたが、神様の招きだからすべてを計らってくださったと感じます。     IMG_2941.jpg 9月末には家族大会と称して国際共同体の日を祝いました。フィリピン人共同体やベトナム人共同体が子どもの遊びを披露したり、クリスマスの飾りつけを披露したり、料理の仕方を披露したり。その前の国際ミサでは、日本で唯一のフィリピン人殉教者・聖ロレンソルイスのお祝いをしたいとフィリピン人共同体の人が簡単に聖ロレンソについてのスライドを作りミサの終わりに皆に紹介。ダブルの子どもたちが解説を担当。この日、皆が「国際共同体・一つの神の民の教会」を願っていると私は感じました。 IMG_2925.jpg  IMG_2924.jpg もう一つびっくりしたことは、広島大学で教えているフィリピン人の先生が、1987年に、私のマニラ生活中に書いた「シスターテルコのマニラ通信」を朝日新聞が本にして出版した「奇跡への日々」を、アマゾンで見付けて、1円で買い求め、本にサインをしてと申し出たのです。「必ず読むから」と言われて驚きました。私の昔のことをどうやって知ったのか?不思議な事。今のフィリピン人達は、30年前のマルコス独裁政権の時代は知らないので、ピープルパワーの話は通じないと私は思っていたので、今出会っているフィリピン人達に、私は自分のフィイリピン体験を話したことがありません。それなのに知っている人が居るとは!    IMG_2920.jpg IMG_2915.jpg IMG_2913.jpg 火水二日間の休みには、住所変更の為に、保険証やマイナンバーの住所変更の手続きに南区役所を訪れたり、バス通勤の経済的な定期を見つける為にバス会社を二軒訪問したり、体の手入れの為の病院通いをしたりで多忙な日々でした。これから少し体を休めつつ、新しい歩みを始めたいと願っています。移り住んだケアハウスは快適で、気持ちの良いスタッフ達にお世話になっています。

2018年9月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

暑い夏が終わりを告げていますが、今年の夏は、台風や地震が日本全国を襲い、本当に緊張の連続でしたね。熱中症でたくさんの人々が亡くなり、予想をはるかに超えた豪風で山は崩れ、ダムまで決壊し、土砂が村を襲い、住宅が流され、逃げることが出来ない人々が溺死し、本当に大自然の威力の前で人間の無力さを感じました。

偉大な神様の創造の業である大自然の威力を目撃させられ、大いに私たち人間はチャレンジを受けました。被造物である事を痛感させられる日々でした。そして、直ぐに被災者支援に出かける人々が全国から集まり、被災地に希望を与えました。この数年、大災害を体験した日本人は、その悲惨な体験の中で、助け合う精神を育てられました。人間の絆の美しい姿を目撃する時でもあり、感動させて貰いました。

直ぐに食糧を配るボランテイアや泥カキに回る人々の動きは素早く、前の体験からどうしたら被災者を助けることが出来るかを学んだ人々は親身になって、ボランテイア活動も本当に、失意のどん底にある被災者に人間のぬくもりを届けていることを目撃させて貰い、私も心温まる思いでした。

9月に入って、直ぐに、広島のカテドラルの隣のエリザべト音楽大学で8月の終わりにドイツから来広し演奏されたフライブルグ大聖堂の少年合唱団が、日曜日のミサの中で、きれいな歌声を聞かせてくださいました。70人もの少年と青年達の声はカテドラルに響き渡りました。目下広島のカテドラルは修築工事中ですが、やはり歌い慣れている合唱団の声はカテドラルにしっかりと響きました。工事中で、パイプオルガンも使えないし、聖歌隊席にも上がれない中でも、やはり、伝統ある合唱団の歌声は、清らかな響きで、ミサに集まった信者たちの心に慰めと癒しを与え、共に神様を賛美し感謝のミサを捧げる喜びを与えて貰いました。ミサ後に、3つのアンコールまで聞かせて貰い大満足。暑い夏の終わりに差し出された「神様からのボーナス」でした。

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9月5・6日に、援助修道会の私たち・幟と下関共同体は現管区長最後の視察を受けました。顧問も一人同行し、5人で、一年間の共同体の使徒職や共同体生活の評価をしました。一年を振り返ることでたくさんの気付きも貰い、前進する為の改良策も話し合い、これからの在り方が見えてきます。昼休みに、近くの瑠璃光寺に出かけました。歴史が大好きな顧問の姉妹はあちこちを歩き回り、「水を得た魚」のように色々な発見を喜んでいました。
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私は9月からすべてのクラスを再開し、久しぶりに会う人々と各クラスで夏休み中の体験を分かち合いました。豪雨災害で何に気付き、どんな体験をしたか、皆貴重な体験を分かち合いました。

9月に入って、3年半近く続いている聖書100週間のクラスも再開し、今月末に終了するので、最後まで皆読み通せるよう皆で祈り合いながら最終コースを走っています。

17日の「教区の日」を祝う為に、岡山教会へ行きました。沢山の信徒たちが、車で、新幹線で、又、山口地区や廿日市からはバスをチャーターして来られました。金祝、ダイヤモンド祝を祝った、司祭、修道女達も皆の祝福を受け、皆で共にこの召命を神様に感謝しました。
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主式の白浜司教様は、新しく司教に叙階された人々が、教皇様からローマに呼ばれて司教研修会が行われましたが、その研修会に参加して、昨夜ローマから帰国されたばかりとか。ご多忙な司教様の健康の為に皆で祈りましょう!


2018年8月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

今年も真夏の最高に暑い日々がやって来ました。今年は7月初めの西日本豪雨による水害で家を失った人々、亡くなった家族の追悼も出来ないくらい失意の中で途方に暮れている人々や行方不明者の捜索に追われている人々が暑さとも闘っています。

広島教区は中国5県の教会共同体家族で成り立っていますので、救援の為にボランテイア活動に直ぐに動き出しました。facebookであちこちの現状を見たり、被害を受けたクラスのメンバー達との分かち合いを通して、私はmoral support、つまり精神的な救援を細々ながらさせて貰っていますが、
大海の中の一滴の支援です。災害で受けたパニックや喪失感や失望感等をグループで分かち合い聞き合う中で前向きになれたり、元気が出たり冷静を取り戻したり、共同体はありがたいと感想を述べてくださったり。
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8月直前に、子ども達の夏季合宿があり、子ども達はとても喜び,リーダー達と色々な体験をしました。私もバーベキュウ大会に招かれて、一緒に食べながらお喋りしたり、子ども達のパパやママの幼い頃のことを思い出し、今は良いパパ、ママになっている現実を見せて貰い感無量でした。
暗く成ってから花火をしました。リーダーや親たちが、子ども達をしっかり遊ばせて挙げたせいか、平和行事に大人たちは専念することが出来ました。中高生は参加しましたが、小さい子ども達は平和行事には姿を現しませんでした。

8月は本当に猛暑ですが、皆さん全国から広島に来てくださり、本当に感謝!今年は韓国からの青年達が40人余り参加してくださり、盛り上がりました。

平和行事プログラムの最初は、基調講演「核兵器をなくすために出来ること」と題して川崎哲(かわさきあきら)氏(ピースボート代表・Ican国際運営委員)の示唆に富んだお話しでした。この講演はエリザベト音楽大学のセシリアホールで行われ、暑さを忘れて心地よい体験もさせて貰い最高に素晴らしい滑り出しでした。今年はまだカテドラルは修復中で狭くなっており、垂れ幕に囲まれて、暗い上に暑いので、苦行を強いられる場になっていますが、音大をお借り出来て本当に感謝!
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その後は分科会ですが、多目的ホールでは青年プログラムが行われ、韓国からの青年達と日本国内からの青年達で所狭しとぎゅうぎゅう詰めで外から覗いても熱気を感じました。私は被爆証言者自身が描かれた大型紙芝居「戦争って なぜ 起こるのでしょうか」に参加しました。
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平和行事に参加する度に新しいプログラムに出会いますが、暑い中を原爆供養塔前での平和の祈りに、毎年たくさんの全国から集まった青年達が参加。この集いは、広島の聖公会の方々と一緒に祈ります。これも嬉しいことです。祈りの後は、皆で平和行進をカテドラルまで皆で行いますので、この行列を守る為にたくさんの機動隊も同行し、「参加?」してくださいます。

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夜は、平和祈願ミサが音大のセシリアホールで捧げられましたが、たくさんの司教様方が結集。今回の説教は、東京教区の岡田名誉大司教様でとてもはっきりと平和を共に築き上げる決意を呼びかけ、また世界各地の戦火が収まること、また災害の爪痕に今も苦しむ方々の為に祈りました。毎年こんなにたくさんの司教様や神父様が集まり、心を一つにしてこの意向の為に広島で祈ることが出来る日本の教会に、今年も希望を感じました。

翌日6日は、早朝平和公園の原爆供養塔前での諸宗教者の平和の祈りには、私は参加しませんでした。年々、体力の衰えを感じ、全てのプログラムに参加することは出来なくなりました。朝8時からカテドラルで、小さな黙想をし、市内のノートルダム清心の高校生の天使のような合唱の後、原爆投下の時刻に合わせて、黙祷を捧げて、その後から原爆・すべての戦争犠牲者追悼ミサが、広島教区長・白浜司教様司式で捧げられました。これはいつものように、カテドラルで。蝉の鳴き声も耳に入りながら、原爆投下の日のような暑さを感じて祈ることが出来ました。 この時刻には、広島市内の教会、寺院でも鐘やドラやサイレンを鳴らして、全市民が追悼の祈りを捧げ、職場にいる人もその場で黙祷を捧げます。
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平和行事の時は、帰省してくる信徒達との再会の時でもあり、お盆で帰省してミサに来られる方々とも嬉しい再会の時です。幼稚園の卒業生も子どもを連れて帰省。生まれて初めて社会にデビューした印象は、親も先生も子どもも忘れられない記憶です。再会を喜んでる人々を眺めながら、三つ子の魂100までも…との凄い繋がりを傍で感じ、嬉しくなります。
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13日は昨年と同じく下関の姉妹と共同体の集いをする為に、まず関門海峡の花火大会に行きました。今回の西日本豪雨の犠牲者の追悼と立ち上がる為の励ましの花火だったと思います。
門司と下関の両岸から、15000発の花火が打ち上げられました。花火は凄い芸術ですね。感動の連続でした。
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急ですが、今月中に白内障の手術をすることに決まりました。22日に右目、29日に左目。老人になると色々な体験をさせて貰います。9月にはすっきりと働けると嬉しいですが。
すべてを善きに計らってくださるお方に委ねて参ります。お祈りをよろしくお願いします!

2018年7月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

7月はどんどん早く過ぎている感じです。6月28日に故三末司教様の3回忌を、白浜司教様と司祭達と職員達とで白浜司教様のチャペルで追悼ミサを捧げました。本当に懐かしい三末司教様!あれから色々世界も動き、教会も動いています。時々信徒の人達と、三末司教様の明るいユーモアに富んだお喋りを思い出し、懐かしいねと語り合うことがあります。特に「末期」高齢者達の間で「会いたいなあ」と語る人が多いです。特別なユーモアと言うか駄洒落(?)が次々と飛び出す方だったように思います。「外交官になりたかった」と言われたことがありますが、本当に健康に恵まれておられたならば、最適な方だったかも知れませんね。三末司教様のおられる天国はどんな所でしょうか?賑やかで楽しいことでしょう。

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7月に入って、広島教区はすべての地区において、豪雨に襲われ、史上初めてと言われる規模の災害を体験しました。幟町教会の信徒の方々も大変な体験をされた方々や幸い安全地帯に住んでいて、避難者の手伝いが出来た人々や、私の場合は、視力障碍者から電話が入り、不安を傾聴したり、フィリピン人の信徒からSOSの電話を受けて、パニックになっている彼女に声かけを続けて、身を寄せる場の提供をすることが出来ました。

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警報は、皆のスマホに届きましたが、日本人の私達は、日本語の警報内容が理解出来ましたが、それでもあの音はヒヤリと感じさせるものでした。英語の警報が送られていれば少しは恐怖を和らげられたかもしれませんが、日本語を理解できない人々には、怖いだけだったと思います。

あるフィリピン人女性は、渋滞の路上で警報は、運転中の車内で鳴り続け、道路の横を流れる瀬野川は水嵩が増し、怖くて逃げだしたいけれど身動きできなくてパニック。携帯で話しながら心を落ち着かせ、やっと広島駅近くに辿り着き、幟町教会に到着しました。その夜から二晩トラウマになっていた彼女に私が住んでいる所を提供しました。本当に彼女の無事到着を神に感謝!

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彼女を励ましたのは、私だけでなく、ラインでフィリピン人仲間も度々声かけをして連絡し合っていたのも大きな力になったと思います。警報を理解することが出来たフィリピン人は仲間達にラインで「あなたの所も危ないから早く逃げなさい。」と伝えたようです。

また、府中のある信徒は、「金曜日の夜中に泥が入り、土曜日の早朝、多くの人々が泥カキに来てくださり、あっという間にきれいにしてくださった」と感激と感謝を伝えてくれ、共に喜びました。

落ち着いて木曜・金曜・土曜の各クラスで集まって、来ることが出来た信徒達と体験を分かち合いました。恐怖や、感激や、本当に今こうして生かされていることへの感謝や今なお道路が開通してなくて、家には戻れず、教会の仲間の所で今なおいると。「共同体はありがたい」と感謝を分かち合われました。また夫の弟家族が避難してきて、一緒に数日過ごし、今やっと沢山の食べ物を持たせて帰るのを見送ったと言う長崎出身の家族は、家族の絆を深めるチャンスになったようです。

    IMG_2782.jpg パイプオルガンも今は覆われている

こうして、今「嵐の後の静けさ」を味わいつつ、どっと疲れを感じている方々も多いことでしょう。家が壊れてこれからどうするか、途方に暮れている人も。今回の体験で、本当に、地球に活かされている私達人間は、もっと地球の営みを謙虚に学び、あらゆる面で「仕える精神」と「支えて配る精神」を生きるようにチャレンジを受けたように思います。予想がつかなかった程、これ程までに地球は痛み苦しんでいるのです。これからもまだまだ私達に伝わるまで地球の苦しみが現わされることでしょう。

どんな対策を練るのか?どのように生き方を変えられるのか?自然界はあらゆる面で人間によって汚染され、荒らされているのは確かですね。一昨年クラスで一年かけて輪読した、教皇フランシスコの回勅「ラウダートシーともに暮らす家を大切に」を本気で生きなければと痛感させられた今回の豪雨の猛威の体験でした。
 
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世界平和記念聖堂は、補修工事が続いています。暑い日々の中で、工事の人々は本当に献身的に働いておられます。少しずつ、工事用の覆いが剥がされつつあります。祭壇正面の再臨のキリストの姿も現われました。ただ、足場が組んであり、聖堂内はまだまだ時間がかかります。もう一年はかかるでしょうから。

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今年の平和行事も聖堂で行うのには内部の工事中で、全国からの「平和の巡礼者」達をお迎えするには狭すぎますので、今年は隣の
エリザべト音楽大学のコンサートホールをお借りするようです。毎年特に8月5日は国内・国外からの巡礼者の大集合ですから。

皆で平和の巡礼者として、この平和行事に協力し参加したいですね。暑い時ですから、熱中症に自他共に気を付けましょう!


2018年6月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

6月に入って、冬の間放置していたバラの小さな鉢植えとセントポーリナの小さな鉢植えが,びっくりするように沢山の花を咲かせました。秋まで花を見せてくれ、もう終わりだと思って、セントポーリナは教会の私の執務室の窓際に、バラは住まいのテラスに置いた台の上にしばらく放置し、その後、週に一度くらい水を上げていました。長い沈黙の後、水を上げるのを忘れていたとはっと気付いて、鉢を見るときれいなつぼみが沢山見えてビックリポン!

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10年以上前に鹿児島のいとこと話したことを思い出しました。彼は私より5歳くらい若いのですが、観葉植物を育てるのが好きで、家に大きな温室を持っていて、きれいな花をたくさん育てていました。どうしたらあんなにきれいに育つのか聞いた時、「簡単だよ。冬の間、放置すること。植物は、危機感を抱いて、子孫を残そうとするから!」と言ったのです。確かに思いがけないほどのつぼみを付けているのです。

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それを思い出し、今きれいな可憐に咲いている小さなバラとセントポーリナの花を眺めて、自分の苦しい時の体験と結びつきました。自力で、困難を乗り切る為には、祈るしかない。その祈りの中で内なる力で熟成される恵みの体験を思い出します。頭の作業ではなく、上から注がれるエレルギーによって熟成されるのを待つことが大切ですね。DNAの中に埋め込まれた命に向かう力によって、生きる道をはっきりと選び取り、内なる力に信頼して時が来るのを待つこと、そして、どんな現実が起きても内に秘められている上からの力に信頼して身を任せたいと思います。

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サボテンの一種のアロエのような植物も、水のない砂漠で子孫を残すように、執務室の窓辺で、根っ子に可愛い新芽をだしています。世話をされ過ぎると内なる生命力が衰えて外の世話に頼り過ぎると死んでしまうでしょう。私達も同じかも…。自分の中に与えられている力を放置して他者に頼ると、誰かの勢で幸不幸が決まると錯覚して自滅への道へ向かうのではないでしょうか?自立出来るのに他者に頼ると、頼られる方もずっしりと重く感じて担いきれません。頼る方も満足するような受け入れが無くて心地悪くて、不平ばかりになるでしょう。時には外からの世話が的確でな
く、内にある命を絶つようなものになり、根腐れして死んでしまいます。

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小さな植木も、冬を越すのにしっかりと自分の中に秘められた力に任せて、花を付け、咲かせる準備をして時が来るのを待ったことでしょう。誰も代わって、冬を越してあげられないし、体内の力を発揮してあげられません。しっかりと今の姿に死んで、大地の中で新しい命の誕生への歩みを
その命自身が頑張るしかありません。既に体内に埋め込まれたエネルギーであるDNAを信じて身を任せる歩みです。

私達の信仰の歩みも似ているのではないでしょうか?世の価値観ではなく、キリストの道を歩む為に、霊の導きを識別しなければなりません。これは簡単ではありません。教会共同体での識別が必要です。気の合った人だけでは識別は出来ません。洗礼によって共同体に招かれた私達は、自然性に留まることは出来ません。自分のエゴに死に、キリストの招きに応えるのですから。エゴに死ぬのは簡単ではなく、自分が理想とする自分の描いている「神のイメージ」にも、自分の夢にも死ぬ道です。御父の夢である「全人類の救い」の為にご自分の血の最後の一滴までも惜しまず、ご自分を捧げられたキリストに従う為です。意見が一致しないからと言ってあきらめることは出来ないのです。共同体の中での衝突も、何か意味があります。

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聖霊によって示されることを皆で追い求め、途上で、自己の持つ偶像を壊される必要があります。もっとでっかいキリストの理想に招かれているのです。日々、自分の十字架を担ってキリストに従う道がそこにあります。各自が持つ偶像も壊されて、自由になって霊の識別が出来るように。

今月は、「イエスのみ心」の祭日を祝い、翌日には、「聖母のみ心」の祝日を祝いました。イエスを聖霊によって身ごもった聖母は、「未婚の母」となり、多難な人生の中で、神の導きに全面的に信頼して歩まれ、最後は、死刑囚の母としてイエスを見送りました。聖母はイエスの誕生から
十字架上での死を看取るまでイエスに同伴し、理解に苦しむ現実に直面する中で、「母はこれらのことをすべて心に納めていた」と福音書にあるように、御父への信仰を生き抜かれ、今は、その道を私達が歩めるように、取次をして下さっています。私達も今こそ招かれた共同体で生きる為の現実を信頼の内に受け入れて、「神にはお出来にならないことは何もない」と言った天使の言葉を信じて生きられた聖母に倣って生きてゆきたいですね。

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   援助修道会の創立者が愛した「み摂理の聖母」







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