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2017年12月のシスターコーナー [カトリック教会]

今年最後のブログ更新で、気になっていましたが、色々な出来事で今日まで延びてすみませんでした。

私は、今月初めに後期高齢者に仲間入りし、色々な体験をさせて貰っています。体力的にも新しい発見をし、精神的にも、これまでの人生を振り返る大切な気付きをいただく「とき」として。おりしも6年ぶりに総長の日本管区訪問の恵みをいただき、日本管区は大いに励まされ、又色々なチャレンジをいただき、これも援助修道会・日本管区の刷新の時となりました。この世界中の視点から見ている総本部からの訪問は修道会にとって大きな恵みの時です。

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総長とその顧問の内の2人が同行し、会員全員と個別に面会をし、色々な平素聞かない角度からの質問によって、総本部が会員の一人一人をいかに大切にし、持っている情報を確認したり、さらに深める為に興味を持って質問をしてくださるのには驚くほど!

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総本部からの今回のチームは、総長は、オーストリア人、顧問はフランス人とルワンダ人で、共通語はフランス語。総長は英語もしっかり分かり、コミュニケーションが易しいでした。一番若いのが総長ですが、日本管区の歴史をしっかり勉強して来られたようで、日本社会理解も驚くほど精通していて、安心して分かち合いが出来ました。全部の共同体を訪問した後、東京・市谷へ動ける会員が集まって管区集会が開催されました。訪問の感想と学びとチャレンジを総長は英語で話されました。その中の最も力をいただいたみ言葉があります。それを分かち合いましょう。援助修道会の日本管区は現在、73名の立願者と1名の修練者がいます。その内今回集まることが出来たのは、50名でした。市ヶ谷本部に全員が泊まれないので、近くのルーテルセンターやホテルで補いました。

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次の時はもっと出席出来る会員は少なくなるでしょう。高齢者は旅行も話し合いも無理で、祈りを担当してくださっています。

心に響いたみ言葉は、色々な困難に直面しても、日本社会はいつも立ち上がり、復興を成し遂げてきている現実をよく見ておられ、広島・長崎に投下された原爆にも関わらず見事に平和都市として復興している現実から出発して、地震大国日本での最近の被災にも神の恵みを体験している日本社会とその人々と共に歩む日本の教会の体験を、ルカ福音者21章28節を繰り返し信仰宣言として引用
された総長の言葉に共観し感動しました。

「どん底に立つとき、キリストが現れる。…かならず弾圧(苦難)をへて、解放へ」
「このようなことがはじまったら、あなた達は身を起こし、頭を上げなさい。あなたたちの解放は近いからである。」(ルカ21/28)
   
   このみ言葉の反復は皆の心に総長チームの共観とみ言葉による励ましを受けて皆が喜びを味わいました。
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これから又新たな出発です。修道会も高齢化が目立ちます。それも神様が最後まで会のカリスマをそれぞれが生きるように導き続けられ、年齢に応じた信仰の証しへ招かれていると信じています。

10月1日に生後11か月で受洗した玲君が11月からママと一緒に聖書の勉強会に出席しています。ママと玲君の存在は、教会の未来を示し、皆に大きな希望と喜びを与えています。玲君はどんどん成長し、今は勉強中、部屋中を巡り、机の下にもぐって皆の足を突いたり、おばちゃん達の膝に座って勉強の仲間入りをしたり。今頃は、両親の故郷、長崎でクリスマスとお正月を過ごす為に、両方のおじいちゃん、おばあちゃんと喜びを分かち合っていることでしょう。パパはまだ仕事納めではないので、広島に残り、玲君はママと二人で一足お先に長崎へ!

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もう一つの嬉しいニュースは、大西助祭が来年3月21日に司祭叙階の恵みを受けると発表されたこと。長い間、本人だけでなく、教会の信徒達が祈り続けていたことです。私達の価値観や好みではなく、神が呼ばれたのだから、最後まで神が導き続けられることを信じて!「司祭をしながら司祭になっていく」召し出しの道を最後まで歩み続ける恵みを皆で祈りましょう。
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それでは皆様、主のご降誕を喜びの内に迎え、新しい年に向かって希望し続ける恵みを求めて共に祈りましょう!


2017-12-22 12:57 

2017年11月のシスターコーナー(シスター小野島のブログ) [カトリック教会]

10月25日にファチマのマリア様を広島教区のカテドラルにお迎えして、ヴァチカンから来られた枢機卿様と駐日大使のチェノット大司教様を初め、日本全国の司教様のほとんどが来広され、教区の司祭、修道者、信徒達もたくさんカテドラルに集まって、大阪大司教区の前田大司教様主式でミサが捧げられ、説教は私達の広島教区長・白浜司教様で、ファチマのマリア様が広島に送られた意味を伝えてくださいました。
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平和の為に祈り、犠牲を捧げ、奉仕するように聖母が牧童に伝えられたメッセージを100年経った今、教皇様は、広島教区でその精神が継承されるように託されたことは、本当に「平和の使徒となろう」と言う広島教区の使命をより一層深めるように、そして具体的に生きている事又生きようとしている事を伝えるこの精神を世界に発信するように呼びかけられているとあらためて自覚する機会をいただき、このカテドラルがファチマの聖母の巡礼地としての使命を果たすことになり、この使命の為に毎日聖母の取次を願ってロザリオの祈りを捧げるように呼びかけられていると感じました。
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9月頃からちらほら、そして10月になって急に赤ちゃんが目立って教会に現れるようになったと感じます。パパやママは皆幟町教会で幼児洗礼を受け、互いに知り合っているので赤ちゃんを連れてミサ後は庭で屯しています。それがなんとも高齢者の多い信者達に喜びを与えてくれます。4~5人の赤ちゃんは、生後10か月~11か月で将来の同級生ですから、幼稚園は違っても、教会学校は一緒にね!と。言い合っています。私の部屋には依然赤ちゃんが床を這いまわり、机の下でママ達の足を捕まえて遊んでいましたので、私の執務室は今でも土足厳禁です。皆が素足で入ります。冬は寒いので電気カーペットを入れてます。
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昔のおもちゃはまだ戸棚に収めていますが、先日のバザーで久しぶりに赤ちゃん用の縫い包みを買いました。今は10月1日に洗礼をママと一緒に受けた玲君だけが定期的に部屋を訪れています。他の赤ちゃん達も未洗者のパパかママが赤ちゃんと一緒に洗礼を受ける為に大西助祭の所で勉強をしています。少しずつですが、若い夫婦と子どもが教会に姿を現してくれ、大いに希望を感じます。子どもが奇声を上げるのを気にして直ぐに聖堂の外に飛び出す親達には、赤ちゃんも一緒に奇声をあげて神様を賛美しているのだから気を使わないように!赤ちゃん達の声は、教会の未来であり、
希望の星を皆に知らせてくれるから嬉しいのだと伝えています。このように幼い時から教会に来られる子ども達も親達もラッキーだと私は感じます。
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今幟町教会では聖堂修築の大工事をしてますが、巡礼者は絶えません。きれいなステンドグラスや、正面の再臨のキリストのモザイクもみられません。パイプオルガンの演奏会もありません。それにもかかわらず、毎日来館者があるのは本当にありがたい事です。
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庭の枝垂れ桜の葉は、紅葉しつつあり、之もまたきれいです。日本の自然は季節感を現し、本当に心安らぎますね。
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最近マンホールに心が向いているのはなぜでしょうか?下ばかり見て歩いているのか?足元が危なくて躓いたり何かに引っかかったりするからかも。そのお蔭で、マンホールの美しさに気が付きます。下をあまり見てなかったので今まで知らなかった世界です。どこにでも宝物がさりげなく気付かれなくても存在していますね。気付ける機会を戴けて感謝!もっと色々見たけれど写真を撮っていない。これからは出来るだけ宝物に気付いたら写真に収めようと思います。見っ放しでは、記憶も薄れて皆さまに分かち合うことも出来ませんね。記憶と言えば、私は物忘れがひどく成りつつあると感じます。そんな時、慌てないでじっくり立ち止まって思い出す努力をしています。時間をかけてフィルムを逆に戻すように努めると大概,どこで何を忘れたか思い出します。そして、「ヤレヤレ良かった」と独り言を言います。忘れっ放しではますます記憶喪失になりそうですから。
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今朝久しぶりにオアシスを訪れてお茶をいただきました。高齢者が頑張っておられます。ありがたい事ですね。砂漠のような殺伐とした世の中で心癒す場を探しておられる人々の訪問を歓迎し、一杯のお茶を差し上げている80歳代のボランテイア達に脱帽!砂漠のオアシスの体験を味わって、また社会に戻る人々は幸い!
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2017-11-07 15:26 

2017年10月のシスターコーナー(シスター小野島のブログ) [カトリック教会]

9月に15年使った洗濯機を廃止にして、新しく購入した洗濯機で気持ちよく洗濯できる
ようになった。やっぱり快適。お風呂の残り湯が使えるのは、以前と同じ。もう一つ小さいものにしようかと思いましたが、残り湯を汲み上げる装置が付いていないので、やはり、長く使うものだから節水が出来る物にした。それにしても前の洗濯機をいつ購入したか調べて貰うと15年前。驚きました。長く働いたね~。洗濯機にお疲れさん、ありがとう!と言ってお別れしました。

9月に中学・高校時代の友人の娘さんから「母がホスピスに入った」との知らせを受け、ずっとマリア様の取次を願って祈り続けた。彼女が何を信じていたのかは知らないが、この友人は、2年前に夫の看病が終わった後、娘達に勧められて健康診断を軽い気持ちで検査を受けたら、すい臓癌の末期。「あと3か月半。今のうちに好きなことをしておきなさい」との告知を受けたと言ってメールをくださった。直ぐに彼女の親友と3人で会った。平静で「もう主人も半年前に見送ったし、両方の両親も見送ったのでどうしても私が居なければいけない人はいないから、残りの日々を楽しく過ごすから、小野島さんには死ぬ準備を手伝って貰いたい」と淡々と言った。それでも手術も受け、放射線治療も受けたが進行するばかり。それで、「治療を受けて苦しんでベッドに横になっている時間が勿体ないからもう延命治療は受けない」と決意して、その旨を選択したことを知らせてくださった。
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ホスピスに入る前まで、普通に一人暮らしをし、3人で月一回の食事会を約一年前に始めてからずっと続けた。彼女の親友と私と彼女の3人で懐かしい話をして大笑いをし、こんなに食欲もある彼女がどの様に最後を迎えるのだろうか…?想像がつかなかった。私は広島を長く離れていたので、彼女達との語らいには空白が多く、珍しい思い出話を聞かせて貰うことが多々あった。8月までこの食事会は続いた。「9月に又会おうね」と次回の集いの日を決めた。この日は珍しく食事が進まなかったので、次回会えるのか?「急激に弱るのでホスピスの予約をするように医者から勧められたので決めたのよ」と告げてくれた。9月5日にホスピスへ面会に行った。「最後は小野島さんに頼んであるので安心なの」と娘さん達に告げていたようで、入院の知らせをメールでくださった。とても穏やかで、娘さん達も安心して任せてくださった。毎日の容態をメールで知らせてくださり、それに応じて夜面会に出かけた。ロザリオを握って貰い、私がこちらで祈る。10月5日の最後の夜彼女はそれを握って安らかに逝かれた様だ。最後の数日は娘さん達と良い時を親子で過ごされた。「本当に神様に感謝!」
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9月18日は、「広島教区の日」を山口教会で、白浜司教様の司教叙階記念と司祭・修道者のダイ・ヤモンド・金・銀祝のミサが捧げられた。私も翠町教会と幟町教会の友人と3人で新幹線で参加した。沢山の教区の信徒さんに会え嬉しい一時でした。カテドラルへ皆が来られるので、私は余り教会巡りをしていない。教区の日と宣言されると動かなければ…との促しを受け、巡礼の気持ちで出かけた。感謝です!そこで会員とも再会。シスター山本の歌の披露もあり、ザビエル記念館ではロヨラの聖イグナチオのご像の前で3姉妹の写真も撮れた。下関に住む二人の姉妹は時々幟町に来るし、私も毎月下関共同体を訪問しているので、同じ教区内でこうして教区行事に参加出来たのは嬉しい事。
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10月1日には長崎出身の母子の洗礼式を三篠教会で行った。ヴィタリ神父様の日曜日9時のミサの中で10か月の坊や玲君とママの杏奈さんの洗礼で信者のパパは夜勤明けに、車を飛ばして参加。パパの方のおばあちゃんは長崎から前の晩に来てくださり、パパの弟さん夫婦が代母、代父を務めてくださった。今は毎週司祭が当番であちこちの小教区へミサに移動されるので、このようなことも普通になって来るかも。入門講座の仲間達も数名参加。初めて訪れた三篠教会が大好きになり、これから大いに出入りすることになるかもと感想を述べた。

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幟町教会の敬老会の当日は大雨警報でたくさんの欠席の電話が入ったにもかかわらず、盛大に行われ、教会学校の子ども達が先輩達を楽しませようと頑張って余興を準備。子ども達の歌やスピーチが会場を和やかにし、教会だからこその共同体的集いになった。
 

当日、病者の塗油を受けた人達も60名を超えた。高齢者達、病人達が長い列を作って並ばれた。

この他、ヴァチカンから派遣されたフィローニ枢機卿様、ヴァチカン大使のチェノット大司教様の司牧訪問の為の来広。大きな教区行事の多い月でした。

白浜司教様が広島に着座されて色々な教区行事と国内の学会(神学学会、教育者学会)参加者の来広も続き、工事現場の教会にも関わらず休むことがありません。

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2017-10-10 17:37 

2017年9月のシスターコーナー(シスター小野島のブログ) [カトリック教会]

暑かった8月も終わり、やっと涼しくなりました。と言ってもまだ大雨が降ったり、その後再び暑さが戻って来るらしいですが、今一息入れて次に向かって体力を準備出来ます。感謝!

私は8月23日から今年も修道会が会員の為に企画した黙想会へ行きました。中軽井沢の宣教聖クララ会の黙想の家で、とても涼しい環境で助かりました。昨年は寒くて、床暖房を入れましたが、今年は暑く、冷房はないので、扇風機を時々使いました。でも夜は窓を閉めて寝る程気温が下がります。軽井沢の空気は澄んでいて、気持ちが良いのですが、車が通る表通りに出ると本当に車が一杯で渋滞を解決する為に迂回路になっていて、車の騒音は環境を破壊しています。今年は、散歩に余り出ませんでした。だから熊の恐れはありませんでした!?

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浅間山の煙は相変わらず見えますが、携帯の写真には鮮明には映りませんでした。そこら中の花はとてもきれいでした。子ども達の夏休みはもう終わり、通学していました。ランドセルに熊除けの鈴をつけて歩いている子達や自転車通学の子達が、礼儀正しく、道行く人たちに「おはようございます」とご挨拶。徒歩通学の子ども達もヘルメットをかぶっています。浅間山の煙が上がっているからでしょう。いつ灰や石が飛んでくる分かりません。
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道端にたくさんの花壇があり、ほとんどの家々の玄関口には花々が咲いています。自然と共存している環境で育つ子供達は幸せ!と思わず独り言を言いました。


黙想でまず心に響いたのは、強盗に合ったユダヤ人と彼を助けた善きサマリア人の話。(ルカ10/25~37)このみ言葉に留まって思い巡らしました。強盗に合った人に兎に角出来るだけのことをして介抱するサマリア人。彼は一人ですべてを行うことは出来ないので、宿の主人に手伝って貰います。協力者を見付けたのです。

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宿の主人も行き成り大きなミッションを受け、引き受ける羽目になりました。人生に於いて時々とんでもないように見える事に関わるよう招かれることがあります。全力を挙げてそのミッションを果たしますが、自分の限界を見極めて協力者を見付けます。サマリア人は自分の果たすべき事の為に、宿の主人に協力を依頼し、瀕死のユダヤ人を託します。彼は旅の帰りに不足分の支払いをすると約束します。それが何か月後何日後かは書かれていません。サマリア人は、強盗にあった人の全快の喜びを一緒に出来ません。それでも良いのです。彼が元気に成れば満足でしょう。
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自分一人ですべてするとしたら、自分の限界に直面して疲れてしまいます。また自分の最初から受けているミッションも果たせません。協力者に託すことによって、この協力者も強盗に合ったユダヤ人の隣人になる事が出来ます。今の使徒職に全力を挙げて使命を果たし、将来については、摂理に任せ、次に果たせる協力者を見付けて渡して行くことが大切だと思います。宿の主人は後を引き受ける主キリストだったかも。
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黙想から戻り、直ぐに日本カトリック神学会学術大会が、カテドラルで行われていて、信者達も講演を聞きに参加出来ると言う司教様からのお招きと言うので、ラッキーでした。

今年から2015年に出された、教皇様の回勅・「ラウダート・シ 共に暮らす家を大切に」を受けて、毎年9月の最初の日曜日(日本司教団決定)を「被造物を大切にする世界祈願日」として教会の暦に入りました。この講演のテーマは環境と平和で、回勅の意義について、イエズス会司祭で、上智大学教授・瀬本神父様が話されました。回勅ラウダート・シの翻訳をしてくださった方で、日本のあちこちの教会でお話しておられるので、何も持たず、頭と心に入っていることを見事にお話しくださいました。この回勅は全人類へのメッセージだと感じました。まだ、読んでない方は、是非一読ください。女子パウロ会の書院で販売中。カトリック中央協議会発行です。
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これは私達の生涯の課題です。全被造物を造られた神の願いは皆が共存出来るように、すべての被造物を大切にして、皆が神様を礼拝し賛美し、互いに神と隣人に奉仕できる世界に向かえるよう生活改善を求めていると感じました。神父様は「神との関わり、自然との関わり、人間同士の関わり、自分自身との関わりが大きく問われている。」と大きなチャレンジをしてくださいました。
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2017-09-05 20:58 

2017年8月のシスターコーナー [カトリック教会]

2017年8月のシスターコーナー
8月15日、朝7時のミサへ。今日は、早朝から雨が降り、涼をもたらしたので、暑い夏の盛りが終わった感じがします。

ミサの後から聖体顕示が行われました。聖母の被昇天の祝日であり、日本のカトリック教会では、平和旬間の終わりでもあり、日本社会では終戦記念日でもある。お盆休みの人も多い。お店のお盆休みが多いが、デパートは休暇中の人々でにぎわっている。そして銀行や郵便局も開いている。教会では、早朝ミサに来る人、聖体礼拝にやってくる人も居れば、10時や19時の被昇天のミサに
やって来る人もいる。そして、そんな最中に、地下聖堂では、ぺルー人の結婚式も挙げられていた。
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修理中の大聖堂は、工事現場でのミサや見学に来場する人々でにぎあっている。夏中このような現状だが、お盆には帰省中の教会訪問者も懐かしい再会の時を持っている。私達の教会「世界平和記念聖堂」の保護聖人でもある被昇天の聖母の祝日でもあり、私の霊名の祝日でもある。
マリアの霊名を持つ多くの人々はこの日を霊名の祝日として祝っていることだろう。毎年、私は自分の霊名の祝日を特別の形で祝っていない。今日の日は、人との出会いで忙しいので。だからこそこの日を忘れることがない。

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一昨日13日から昨日14日は、下関での共同体の集まりをする為に出かけました。夜はまず、海峡花火大会を労働教育センターの庭からたっぷり見させて貰った。これは見事!門司と下関の両護岸から15000発の花火が打ち上げられる。連続で思い切り打ち上げられるので、皆、固唾を呑んで感動しながら静かに空を見上げていた。

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翌朝、細江の教会のミサに出かけた。小聖堂でのミサは主任司祭・百瀬神父様と信徒15名で捧げられた。この中で三位一体のシスターが2名、小さき姉妹会のシスターが3名援助修道会の3名が入っている。ミサの中でここでも当然だが、私達の教区長・アレキシオ白浜満司教様の為にも祈った。なぜか幟以外でのミサに与ることが少ない私は、ここも広島教区だ!と実感し感動しました。教区内の小さな教会をもっと回ってみたいとも感じた。連帯の為に!いつか実現させてもらえるだろう。

14日は共同体の集まりで、色々と管区との関係や総本部との関係で話し合う必要があり、お昼過ぎまでかかった。やっとブログ更新出来る時間が取れる!
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8月5日・6日は例年通り凄い巡礼者で教会は一杯だったが、今年は、6日のミサで朝8時からの、原爆・すべての戦争犠牲者追悼ミサと9時半から主日のミサが捧げられたので、混雑が例年より避けられたと感じました。

5日の夕方のミサで、今回初めて沖縄の教区長・押川司教様が説教をしてくださり、沖縄のこれまでの苦しみと今なお続く苦しみを語られ、もっと沖縄を近く感じ、沖縄を通して、今の世界中で小さくされている兄弟・姉妹達の現実を突きつけられました。

6日には、私はいつものように、6時15分からの平和公園の原爆・供養塔前での「宗教者平和の祈り」に参列した。神道グループ、仏教グループ、キリスト教(プロテスタント・カトリック合同)グループ等が、原爆犠牲者を思い起こし、冥福を祈り、平和を祈った。毎年、この祈りに参加するが、いつも各大臣(と言っても代理人だが)や議員達が献花するのに不快感を抱く。でも誰であっても犠牲者の為に祈るのは良いことだと自分に言って聞かせた。

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今年の平和行事のテーマは「ラウダート・シ」私の主よ、あなたはたたえられますように~共に暮らす地球で~ 5日の開会は、このテーマでシンポジュームが開かれた。パネラーは、名古屋の教区長・松浦悟郎司教様、韓国司教会議生態環境委員会総務・ソウル環境司教委員長・リージャイ ドン神父様、上智大学教授・イエズス会の光延一郎神父様の3名。13時から、暑くてたまらない時間帯でしたが、皆食い入るように講話に耳を傾けました。神が愛して創造された地球環境を、治めるように任された人間の責務についてどれもずっしりと重い、チャレンジを受けるものでした。一度聞いて分かるものではなく、国境を越えた連帯生活の在り方を今後も皆で考え実践して前進するよう招かれています。

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今回は、韓国からの参加者が多く、通訳が付いたので、とても協働の実感を抱きました。これから一緒に前進しなければ・・・と。

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6日の夜、今年も恒例のフォーレのレクエムが音大同窓会主催で演奏されました。工事現場であっても、パイプオルガン演奏も実現し、素晴らしいスピリチュアルコンサートでした。

こんな行事の中での出会いが又素晴らしく、神様は生きている!私達の内に!と感じました。老若男女、民族間の国境はなく、皆の心が通じ合える信仰の友達との出会いは、青年達が作って発売したTシャツの言葉「yes!peace」を実感しました。暗い世界の現実を前にして、希望をもって信じて参りましょう!

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2017-08-15 21:04 

2017年7月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

2017年7月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです)
長い間の沈黙、ごめんなさい。6月にはブログ更新が出来ませんでした。その理由は、今からのブログ更新でお分かりいただけると思います。

6月は、修道会の用事と、生涯養成の一環としての同世代の会員達との集まりに参加し、
帰宅した翌日には、台湾へ飛びました。これは、修道会がフランスで創立されて、最初に中国へ派遣してから150年になる今年、台湾でその恵みを感謝する集いが行われました。

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1867年に中国大陸へ派遣された会員達は、貧しい子ども達の為の学校や診療所を開設し、女性達の技術訓練などを幅広く行いました。外国人宣教者達は、やがて政治状況の変更から、宣教者達は国外に出ることが求められました。その後、新しく日本管区創立の為に来日したグループに合流した宣教者達もいます。そして、中国人会員達は、上海に残ることを選び多難な生活を同邦と共に歩み続けました。
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そして、今から50年前に、台湾の創立が実現しました。会として中国宣教150周年を祝い、実りとしての台湾創立50年を祝う為に、インド・中国管区の会員と日本管区の会員を代表して、アジアの宣教グループとして祝いを共にしました。インドからは若いインド人のシスター、宣教女として働いているルーマニア人のシスターとイタリア人のシスターと責任者のドイツ人のシスターが参加。香港からインドネシア人のシスター、日本からは、管区長・シスター久守と50年前の創立に関わったシスター谷口(今、楠木在住)と戦争中台南で生まれた私が参加させて貰いました。創立当時の使徒職は台北と新竹に幼稚園やクリニックと教会での司牧・宣教の手伝いだったようです。シスター谷口は30歳代で派遣されたので、バッチリ習った言葉がどんどん出て来て自他ともにびっくり。

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お祝いが終わった翌日、皆でチャーターされたバスに乗って新竹に出かけ、歴史の旅をしました。
私は1980年に台湾訪問をしたことがありますが、詳細は覚えていません。今回、国際チームの皆で一緒に行くことが出来て良かったです。異なる感受性や好みが良く分かりました。

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途中、新竹出身の会員の兄弟の家を訪ねることもできました。トイレを借りると言う口実でおしかけ、会員の弟さん夫婦と妹さんと出会い、客家民族の食事を出すレストランで食事をしました。弟さんの民謡も素晴らしいでした。彼は、いつも色々な賞を貰う歌手だとか。

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その後、皆と別れて、私は、一つの個人的な目的を実現させる為にお願いしていた、台南への旅に出ました。通訳に台北から同伴をお願いしていたシスタークララは、ご自分の大学時代の同級生が台南に住んでおられるので、案内を頼んでくださったのです。「リンリンさん」と言う学校の先生で、彼女はご自分の弟さんの同伴を取り付けて、(この方も美術の先生で2年前に定年退職)第一日目はこのお二人で、私の出生地を昔の住所が今何と呼ばれるか、どこに位置するか、今は便利なGPS携帯で調べられるのですね。これは日本人の友人めぐみちゃんが、調べてくれました。彼女も一緒に台南へ。摂理的に、5月からご主人と台北に住んでいるのです。台南は台北から新幹線で2時間10分。日本の新幹線とそっくりの電車でした。

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1932年に創立された日本人「林」の名を持つ林百貨店にまず行きました。町の真ん中で、見事な百貨店。今でも営業しているのですから。この百貨店の屋上には神社が祭られ、日本的なまま。
その屋上に案内され、直ぐそこに見えるクレーン作業を指し示して、「あれが、あなたの生まれた地だよ」と言われました。彼は少しずつ案内を準備してくれたようです。周りには高いビルが並んでいました。

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めぐみちゃんが直ぐに、「きっと、シスターのお母さんはこの百貨店に買い物に来られたと思うよ」とつぶやきました。そう言われると急に近くに来ている実感が湧いてきました。

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私には今の呼び方の住所は中国語で良く分かりませんでしたが、6番だけど、数年前にここの家は解体されたので、住所のタグはない。それで、家の向かいの壊れかけた門に貼ってある住所5番のタグを指さすように求められ、「その向かい側が6番だよ」と言われました。そこは草ぼうぼうの空き地。近所の人がやって来て、この地の戦後を語ってくださり、英語に訳して貰ったところによると、日本人が戦争に負けて台南を去った後、この地は政府のものになったが、放置されていて、11家族の人達がこの家に住みこんだ。そして、つい最近5~6年前に立ち退きになって家が取り壊され、この土地は三越デパートに売却されたと言う。向かいや周辺はぼろぼろの家で、誰も住んでいないが、取り壊されぬまま、まだ放置されていると言う。門の中の家はぼろぼろになっていても、
日本の家の佇まいだった。

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この旅を実現させてくださった方々に感謝!思い出すことは何もないが、この地に私が母の胎内に居る時に、東京から移り住み、生まれて9か月目に父は戦地に召集されたと言う。だから父はここに一年位しか住んでいない。母はこんなに広い家に、二人の子どもと住み続けたのだ。母が一度私に言ったことがある。「会社から与えられた家は、なぜか広く、お父さんが出兵してからは、子どもと3人で住むようになって怖かった」と。母は日本に引き上げるまで4年位そこに住んだ。原爆投下の半年後、私は3歳になったばかり、兄は5歳になったばかりで、そこから原爆の焼野原に移り住んだ。今回のように当時をゆっくり思い巡らしたのは初めてだ。母の広島の実家では、母に「みごもっている子を広島で出産してから台湾に渡るように」勧めたらしいが、母は父と一緒に今台湾へ渡らないと、出産してから二人の子を連れて戦争の最中に行かれなくなると言って決行したと言う。そのお蔭で私達は生かされている!そして、父は私の顔をみて、9か月間でも私を世話してくれて旅立つことが出来たのだ!神様の摂理は素晴らしい!人生は本当に神様がすべてを準備してくださるように歩ませてくださっていると実感した旅でした。

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修道会が150年間中国大陸での宣教を通して受けた恵みを神様に感謝し、私の74年間の歩みもあらわにしてくださり感謝です。

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皆様いつもブログを訪問してくださってありがとうございます!いつも定期的に更新出来なくて済みません。これからも細々とでも書き続けます。来月は、早目に書きたいと思いますが…。よろしく!

暑さに負けぬようにしっかり互いに対策を練って頑張りましょう!そして平和行事の為に来広する巡礼者の為に祈りましょう。


2017-07-03 22:57  トラックバック(0) 

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