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2017年9月のシスターコーナー(シスター小野島のブログ) [カトリック教会]

暑かった8月も終わり、やっと涼しくなりました。と言ってもまだ大雨が降ったり、その後再び暑さが戻って来るらしいですが、今一息入れて次に向かって体力を準備出来ます。感謝!

私は8月23日から今年も修道会が会員の為に企画した黙想会へ行きました。中軽井沢の宣教聖クララ会の黙想の家で、とても涼しい環境で助かりました。昨年は寒くて、床暖房を入れましたが、今年は暑く、冷房はないので、扇風機を時々使いました。でも夜は窓を閉めて寝る程気温が下がります。軽井沢の空気は澄んでいて、気持ちが良いのですが、車が通る表通りに出ると本当に車が一杯で渋滞を解決する為に迂回路になっていて、車の騒音は環境を破壊しています。今年は、散歩に余り出ませんでした。だから熊の恐れはありませんでした!?

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浅間山の煙は相変わらず見えますが、携帯の写真には鮮明には映りませんでした。そこら中の花はとてもきれいでした。子ども達の夏休みはもう終わり、通学していました。ランドセルに熊除けの鈴をつけて歩いている子達や自転車通学の子達が、礼儀正しく、道行く人たちに「おはようございます」とご挨拶。徒歩通学の子ども達もヘルメットをかぶっています。浅間山の煙が上がっているからでしょう。いつ灰や石が飛んでくる分かりません。
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道端にたくさんの花壇があり、ほとんどの家々の玄関口には花々が咲いています。自然と共存している環境で育つ子供達は幸せ!と思わず独り言を言いました。


黙想でまず心に響いたのは、強盗に合ったユダヤ人と彼を助けた善きサマリア人の話。(ルカ10/25~37)このみ言葉に留まって思い巡らしました。強盗に合った人に兎に角出来るだけのことをして介抱するサマリア人。彼は一人ですべてを行うことは出来ないので、宿の主人に手伝って貰います。協力者を見付けたのです。

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宿の主人も行き成り大きなミッションを受け、引き受ける羽目になりました。人生に於いて時々とんでもないように見える事に関わるよう招かれることがあります。全力を挙げてそのミッションを果たしますが、自分の限界を見極めて協力者を見付けます。サマリア人は自分の果たすべき事の為に、宿の主人に協力を依頼し、瀕死のユダヤ人を託します。彼は旅の帰りに不足分の支払いをすると約束します。それが何か月後何日後かは書かれていません。サマリア人は、強盗にあった人の全快の喜びを一緒に出来ません。それでも良いのです。彼が元気に成れば満足でしょう。
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自分一人ですべてするとしたら、自分の限界に直面して疲れてしまいます。また自分の最初から受けているミッションも果たせません。協力者に託すことによって、この協力者も強盗に合ったユダヤ人の隣人になる事が出来ます。今の使徒職に全力を挙げて使命を果たし、将来については、摂理に任せ、次に果たせる協力者を見付けて渡して行くことが大切だと思います。宿の主人は後を引き受ける主キリストだったかも。
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黙想から戻り、直ぐに日本カトリック神学会学術大会が、カテドラルで行われていて、信者達も講演を聞きに参加出来ると言う司教様からのお招きと言うので、ラッキーでした。

今年から2015年に出された、教皇様の回勅・「ラウダート・シ 共に暮らす家を大切に」を受けて、毎年9月の最初の日曜日(日本司教団決定)を「被造物を大切にする世界祈願日」として教会の暦に入りました。この講演のテーマは環境と平和で、回勅の意義について、イエズス会司祭で、上智大学教授・瀬本神父様が話されました。回勅ラウダート・シの翻訳をしてくださった方で、日本のあちこちの教会でお話しておられるので、何も持たず、頭と心に入っていることを見事にお話しくださいました。この回勅は全人類へのメッセージだと感じました。まだ、読んでない方は、是非一読ください。女子パウロ会の書院で販売中。カトリック中央協議会発行です。
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これは私達の生涯の課題です。全被造物を造られた神の願いは皆が共存出来るように、すべての被造物を大切にして、皆が神様を礼拝し賛美し、互いに神と隣人に奉仕できる世界に向かえるよう生活改善を求めていると感じました。神父様は「神との関わり、自然との関わり、人間同士の関わり、自分自身との関わりが大きく問われている。」と大きなチャレンジをしてくださいました。
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2017年8月のシスターコーナー [カトリック教会]

2017年8月のシスターコーナー
8月15日、朝7時のミサへ。今日は、早朝から雨が降り、涼をもたらしたので、暑い夏の盛りが終わった感じがします。

ミサの後から聖体顕示が行われました。聖母の被昇天の祝日であり、日本のカトリック教会では、平和旬間の終わりでもあり、日本社会では終戦記念日でもある。お盆休みの人も多い。お店のお盆休みが多いが、デパートは休暇中の人々でにぎわっている。そして銀行や郵便局も開いている。教会では、早朝ミサに来る人、聖体礼拝にやってくる人も居れば、10時や19時の被昇天のミサに
やって来る人もいる。そして、そんな最中に、地下聖堂では、ぺルー人の結婚式も挙げられていた。
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修理中の大聖堂は、工事現場でのミサや見学に来場する人々でにぎあっている。夏中このような現状だが、お盆には帰省中の教会訪問者も懐かしい再会の時を持っている。私達の教会「世界平和記念聖堂」の保護聖人でもある被昇天の聖母の祝日でもあり、私の霊名の祝日でもある。
マリアの霊名を持つ多くの人々はこの日を霊名の祝日として祝っていることだろう。毎年、私は自分の霊名の祝日を特別の形で祝っていない。今日の日は、人との出会いで忙しいので。だからこそこの日を忘れることがない。

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一昨日13日から昨日14日は、下関での共同体の集まりをする為に出かけました。夜はまず、海峡花火大会を労働教育センターの庭からたっぷり見させて貰った。これは見事!門司と下関の両護岸から15000発の花火が打ち上げられる。連続で思い切り打ち上げられるので、皆、固唾を呑んで感動しながら静かに空を見上げていた。

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翌朝、細江の教会のミサに出かけた。小聖堂でのミサは主任司祭・百瀬神父様と信徒15名で捧げられた。この中で三位一体のシスターが2名、小さき姉妹会のシスターが3名援助修道会の3名が入っている。ミサの中でここでも当然だが、私達の教区長・アレキシオ白浜満司教様の為にも祈った。なぜか幟以外でのミサに与ることが少ない私は、ここも広島教区だ!と実感し感動しました。教区内の小さな教会をもっと回ってみたいとも感じた。連帯の為に!いつか実現させてもらえるだろう。

14日は共同体の集まりで、色々と管区との関係や総本部との関係で話し合う必要があり、お昼過ぎまでかかった。やっとブログ更新出来る時間が取れる!
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8月5日・6日は例年通り凄い巡礼者で教会は一杯だったが、今年は、6日のミサで朝8時からの、原爆・すべての戦争犠牲者追悼ミサと9時半から主日のミサが捧げられたので、混雑が例年より避けられたと感じました。

5日の夕方のミサで、今回初めて沖縄の教区長・押川司教様が説教をしてくださり、沖縄のこれまでの苦しみと今なお続く苦しみを語られ、もっと沖縄を近く感じ、沖縄を通して、今の世界中で小さくされている兄弟・姉妹達の現実を突きつけられました。

6日には、私はいつものように、6時15分からの平和公園の原爆・供養塔前での「宗教者平和の祈り」に参列した。神道グループ、仏教グループ、キリスト教(プロテスタント・カトリック合同)グループ等が、原爆犠牲者を思い起こし、冥福を祈り、平和を祈った。毎年、この祈りに参加するが、いつも各大臣(と言っても代理人だが)や議員達が献花するのに不快感を抱く。でも誰であっても犠牲者の為に祈るのは良いことだと自分に言って聞かせた。

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今年の平和行事のテーマは「ラウダート・シ」私の主よ、あなたはたたえられますように~共に暮らす地球で~ 5日の開会は、このテーマでシンポジュームが開かれた。パネラーは、名古屋の教区長・松浦悟郎司教様、韓国司教会議生態環境委員会総務・ソウル環境司教委員長・リージャイ ドン神父様、上智大学教授・イエズス会の光延一郎神父様の3名。13時から、暑くてたまらない時間帯でしたが、皆食い入るように講話に耳を傾けました。神が愛して創造された地球環境を、治めるように任された人間の責務についてどれもずっしりと重い、チャレンジを受けるものでした。一度聞いて分かるものではなく、国境を越えた連帯生活の在り方を今後も皆で考え実践して前進するよう招かれています。

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今回は、韓国からの参加者が多く、通訳が付いたので、とても協働の実感を抱きました。これから一緒に前進しなければ・・・と。

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6日の夜、今年も恒例のフォーレのレクエムが音大同窓会主催で演奏されました。工事現場であっても、パイプオルガン演奏も実現し、素晴らしいスピリチュアルコンサートでした。

こんな行事の中での出会いが又素晴らしく、神様は生きている!私達の内に!と感じました。老若男女、民族間の国境はなく、皆の心が通じ合える信仰の友達との出会いは、青年達が作って発売したTシャツの言葉「yes!peace」を実感しました。暗い世界の現実を前にして、希望をもって信じて参りましょう!

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2017年7月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです) [カトリック教会]

2017年7月のシスターコーナー(シスター小野島のブログです)
長い間の沈黙、ごめんなさい。6月にはブログ更新が出来ませんでした。その理由は、今からのブログ更新でお分かりいただけると思います。

6月は、修道会の用事と、生涯養成の一環としての同世代の会員達との集まりに参加し、
帰宅した翌日には、台湾へ飛びました。これは、修道会がフランスで創立されて、最初に中国へ派遣してから150年になる今年、台湾でその恵みを感謝する集いが行われました。

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1867年に中国大陸へ派遣された会員達は、貧しい子ども達の為の学校や診療所を開設し、女性達の技術訓練などを幅広く行いました。外国人宣教者達は、やがて政治状況の変更から、宣教者達は国外に出ることが求められました。その後、新しく日本管区創立の為に来日したグループに合流した宣教者達もいます。そして、中国人会員達は、上海に残ることを選び多難な生活を同邦と共に歩み続けました。
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そして、今から50年前に、台湾の創立が実現しました。会として中国宣教150周年を祝い、実りとしての台湾創立50年を祝う為に、インド・中国管区の会員と日本管区の会員を代表して、アジアの宣教グループとして祝いを共にしました。インドからは若いインド人のシスター、宣教女として働いているルーマニア人のシスターとイタリア人のシスターと責任者のドイツ人のシスターが参加。香港からインドネシア人のシスター、日本からは、管区長・シスター久守と50年前の創立に関わったシスター谷口(今、楠木在住)と戦争中台南で生まれた私が参加させて貰いました。創立当時の使徒職は台北と新竹に幼稚園やクリニックと教会での司牧・宣教の手伝いだったようです。シスター谷口は30歳代で派遣されたので、バッチリ習った言葉がどんどん出て来て自他ともにびっくり。

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お祝いが終わった翌日、皆でチャーターされたバスに乗って新竹に出かけ、歴史の旅をしました。
私は1980年に台湾訪問をしたことがありますが、詳細は覚えていません。今回、国際チームの皆で一緒に行くことが出来て良かったです。異なる感受性や好みが良く分かりました。

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途中、新竹出身の会員の兄弟の家を訪ねることもできました。トイレを借りると言う口実でおしかけ、会員の弟さん夫婦と妹さんと出会い、客家民族の食事を出すレストランで食事をしました。弟さんの民謡も素晴らしいでした。彼は、いつも色々な賞を貰う歌手だとか。

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その後、皆と別れて、私は、一つの個人的な目的を実現させる為にお願いしていた、台南への旅に出ました。通訳に台北から同伴をお願いしていたシスタークララは、ご自分の大学時代の同級生が台南に住んでおられるので、案内を頼んでくださったのです。「リンリンさん」と言う学校の先生で、彼女はご自分の弟さんの同伴を取り付けて、(この方も美術の先生で2年前に定年退職)第一日目はこのお二人で、私の出生地を昔の住所が今何と呼ばれるか、どこに位置するか、今は便利なGPS携帯で調べられるのですね。これは日本人の友人めぐみちゃんが、調べてくれました。彼女も一緒に台南へ。摂理的に、5月からご主人と台北に住んでいるのです。台南は台北から新幹線で2時間10分。日本の新幹線とそっくりの電車でした。

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1932年に創立された日本人「林」の名を持つ林百貨店にまず行きました。町の真ん中で、見事な百貨店。今でも営業しているのですから。この百貨店の屋上には神社が祭られ、日本的なまま。
その屋上に案内され、直ぐそこに見えるクレーン作業を指し示して、「あれが、あなたの生まれた地だよ」と言われました。彼は少しずつ案内を準備してくれたようです。周りには高いビルが並んでいました。

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めぐみちゃんが直ぐに、「きっと、シスターのお母さんはこの百貨店に買い物に来られたと思うよ」とつぶやきました。そう言われると急に近くに来ている実感が湧いてきました。

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私には今の呼び方の住所は中国語で良く分かりませんでしたが、6番だけど、数年前にここの家は解体されたので、住所のタグはない。それで、家の向かいの壊れかけた門に貼ってある住所5番のタグを指さすように求められ、「その向かい側が6番だよ」と言われました。そこは草ぼうぼうの空き地。近所の人がやって来て、この地の戦後を語ってくださり、英語に訳して貰ったところによると、日本人が戦争に負けて台南を去った後、この地は政府のものになったが、放置されていて、11家族の人達がこの家に住みこんだ。そして、つい最近5~6年前に立ち退きになって家が取り壊され、この土地は三越デパートに売却されたと言う。向かいや周辺はぼろぼろの家で、誰も住んでいないが、取り壊されぬまま、まだ放置されていると言う。門の中の家はぼろぼろになっていても、
日本の家の佇まいだった。

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この旅を実現させてくださった方々に感謝!思い出すことは何もないが、この地に私が母の胎内に居る時に、東京から移り住み、生まれて9か月目に父は戦地に召集されたと言う。だから父はここに一年位しか住んでいない。母はこんなに広い家に、二人の子どもと住み続けたのだ。母が一度私に言ったことがある。「会社から与えられた家は、なぜか広く、お父さんが出兵してからは、子どもと3人で住むようになって怖かった」と。母は日本に引き上げるまで4年位そこに住んだ。原爆投下の半年後、私は3歳になったばかり、兄は5歳になったばかりで、そこから原爆の焼野原に移り住んだ。今回のように当時をゆっくり思い巡らしたのは初めてだ。母の広島の実家では、母に「みごもっている子を広島で出産してから台湾に渡るように」勧めたらしいが、母は父と一緒に今台湾へ渡らないと、出産してから二人の子を連れて戦争の最中に行かれなくなると言って決行したと言う。そのお蔭で私達は生かされている!そして、父は私の顔をみて、9か月間でも私を世話してくれて旅立つことが出来たのだ!神様の摂理は素晴らしい!人生は本当に神様がすべてを準備してくださるように歩ませてくださっていると実感した旅でした。

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修道会が150年間中国大陸での宣教を通して受けた恵みを神様に感謝し、私の74年間の歩みもあらわにしてくださり感謝です。

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皆様いつもブログを訪問してくださってありがとうございます!いつも定期的に更新出来なくて済みません。これからも細々とでも書き続けます。来月は、早目に書きたいと思いますが…。よろしく!

暑さに負けぬようにしっかり互いに対策を練って頑張りましょう!そして平和行事の為に来広する巡礼者の為に祈りましょう。

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